日本大百科全書(ニッポニカ) 「ムクゲ」の意味・わかりやすい解説
ムクゲ
むくげ / 木槿
[学] Hibiscus syriacus L.
アオイ科(APG分類:アオイ科)の落葉低木。高さ2~3メートル。別名ハチス。中国原産で、名は中国名の木槿(もくきん)による。よく分枝し、樹皮は繊維が強く、折れにくい。葉は互生し、ほぼ卵形で長さ4~10センチメートル、浅く3裂し、少数の粗い鋸歯(きょし)がある。裏面に短毛と星状の毛が散生する。8~9月、葉腋(ようえき)に径5~8センチメートルの紫紅色で一重の花をつける。花は1日でしぼむが、次々に咲く。花の下部に線状針形の小包葉が約6枚ある。萼(がく)は鐘形で5中裂し、星状毛を密生する。雄しべは多数、花糸は合生して筒状になる。雌しべは1本で、花柱は花糸を貫いて上に出る。果実は卵円形で星状毛を密生し、熟すと5裂する。種子は腎(じん)形で紫黒色、背に長毛がある。多くの栽培品種があり、白色、底紅の白色、半八重、八重咲きなどがある。陽樹で日当りのよい適潤地でよく育つ。成長が速く、刈り込みに耐え、移植が容易で、土地を選ばないので、庭木や生け垣として広く栽培される。繁殖は実生(みしょう)、挿木、株分けによる。
葉、茎、花に粘質があり、つぼみは木槿花(もくきんか)とよび粘滑薬として、下痢止め、口渇をいやすのに使う。また、花は食べられる。
[小林義雄 2020年4月17日]
文化史
ムクゲは古代の中国では舜(しゅん)とよばれた。朝開き、夕しぼむ花の短さから、瞬時の花としてとらえられたのである。『時経(じきょう)』には、女性の顔を「舜華」と例えた記述がある。白楽天も一日花を「槿花(きんか)一日自為栄」と歌った。一方、朝鮮では、一つの花は短命であるが、夏から秋に次々と長く咲き続けるので、無窮花(ムグンファ)と愛(め)でた。朝鮮の名も、朝、鮮やかに咲くムクゲに由来するとの説がある。ムクゲは木槿の転訛(てんか)とされるが、朝鮮語のムグンファ語源説もある。日本では平安時代から記録が残り、『和名抄(わみょうしょう)』は木槿の和名として木波知春(きはちす)をあげている。これは「木の蓮(はちす)」の意味である。『万葉集』の山上憶良(やまのうえのおくら)の秋の7種に出る朝顔をムクゲとする見解は江戸時代からあるが、「野に咲きたる花を詠める」と憶良は断っているので、栽培植物のムクゲは当てはめにくい。初期のいけ花ではムクゲは嫌われた。『仙伝抄(せんでんしょう)』(1536)には「禁花の事、むくげ」、『替花伝秘書(かわりはなでんひしょ)』(1661)にも「きらい物の事」に木槿と出る。『立華正道集(りっかせいどうしゅう)』(1684)では、「祝儀に嫌(きらふ)べき物の事」と「水際につかふ草木の事」の両方にムクゲの名があり、以後立花(りっか)、茶花に広く使われている。ムクゲは木の皮が強く、江戸時代は紙に漉(す)いた(『大和木経(やまともくきょう)』文政(ぶんせい)年間)。これはコウゾの紙よりは美しい。ムクゲの品種は江戸時代に分化した。『花壇地錦抄(かだんちきんしょう)』(1695)は、八重咲き、色の濃淡を含めて12の品種をあげている。その一つ「そこあか」は、千利休(せんのりきゅう)の孫の千宗旦(そうたん)の名をとどめる、白色で中心部が赤いソウタンムクゲを思わせる。
[湯浅浩史 2020年4月17日]