めさまし新聞(読み)めざまししんぶん

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

めさまし新聞
めざまししんぶん

同名の新聞がいくつかある。

(1)1878年(明治11)12月15日、福岡の薬種商藤井孫次郎が創刊した隔日刊紙で、平易な、振り仮名つきの小(こ)新聞。79年8月22日第105号まで発行。25日から『筑紫(つくし)新報』と改題、論説を掲げる。さらに翌年4月『福岡日日新聞』と改題、日刊となる。現在の『西日本新聞』の前身である。

(2)1887年(明治20)4月1日、星亨(とおる)が『燈(ともしび)新聞』(86年1月『自由燈(じゆうのともしび)』を改題)を改題発行した新聞。自由党系の小新聞だったが、頻々たる発行停止と、星が保安条例で帝都退去を命ぜられたため、村山龍平(りょうへい)が買収、紙面を刷新して88年7月10日『東京朝日新聞』と改題、今日の『朝日新聞』に至る。

(3)1893年(明治26)11月15日、上野岩太郎、遠藤安五郎が創刊した自由党系の新聞。95年『東京新聞』、97年『人民』と改題。政友会系となる。

[春原昭彦]

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デジタル大辞泉プラスの解説

めさまし新聞

日本の地方新聞のひとつ。1878年、福岡創刊された小新聞。1879年、「筑紫新報」に改題。現在の「西日本新聞」の前身。同名の新聞が他にも存在する。

めさまし新聞

日本の新聞のひとつ。星亨に学んだ上野岩太郎らが、旧「めさまし新聞」(星が創刊した自由党系の新聞「自由(じゆうのともしび)」を前身とする)の名を引き継いで、1893年に創刊。小松三省主筆をつとめた。1895年、「東京新聞」に改題。同名の新聞が他にも存在する。

めさまし新聞

日本の新聞のひとつ。1887年4月に星亨が「灯(ともしび)新聞」を改題して創刊。自由党系の新聞だったが、1888年に村山龍平が買収して紙面刷新、「東京朝日新聞」となる。現在の「朝日新聞」の前身。同名の新聞が他にも存在する。

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百科事典マイペディアの解説

めさまし新聞【めさまししんぶん】

自由民権運動末期の民権派の小新聞(大新聞・小新聞)。1884年創刊の《自由灯(じゅうのともしび)》が弾圧をうけ《灯新聞》に改題,これをさらに1887年に改題したもの。自由党の星亨の経営だったが,彼が保安条例で東京退去となったため,1888年村山竜平が経営権を譲り受け,《東京朝日新聞》と改題。

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精選版 日本国語大辞典の解説

めざまし‐しんぶん【めさまし新聞】

明治の日刊新聞。明治一七年(一八八四)に星亨(とおる)が自由党の機関紙として発刊した「自由燈」の後身「燈新聞」を、同二〇年に改題。翌二一年、星が保安条例で東京退去となったため、村山龍平がこれを買収して「東京朝日新聞」と改題し発刊を続けた。

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世界大百科事典 第2版の解説

めさまししんぶん【めさまし新聞】

自由民権運動末期に刊行された自由民権派の小新聞(こしんぶん)。自由党は大新聞(おおしんぶん)として1882年6月に《自由新聞》,小新聞として84年5月に《自由灯(じゆうのともしび)》をそれぞれ創刊して,自由民権思想の国民への浸透を図ったが,《自由新聞》(第1次)は85年に権力の弾圧と党内抗争によって廃刊となった。《自由灯》は社長星亨を中心に継続して刊行され,一時は東京第一の部数を誇ったが,やはり弾圧を受けて86年1月に《灯新聞》と改題し,さらに翌87年4月に《めさまし新聞》と再改題された。

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