日本大百科全書(ニッポニカ) 「メセニー」の意味・わかりやすい解説
メセニー
めせにー
Pat Metheny
(1954― )
アメリカのジャズ・ギター奏者。ミズーリ州カンザス・シティに生まれる。13歳のとき、ほとんど独学でギターを弾きはじめる。好きなギター奏者はウェス・モンゴメリー。高校時代はフレンチ・ホルンを吹く。マイアミ大学に入学して間もなく、ビブラホーン奏者ゲーリー・バートンGary Burton(1943― )の前で彼のレパートリーを演奏してみせ、その技量に驚いたバートンの推薦により、一足飛びにボストンのバークリー音楽院の講師に任ぜられる。19歳でバートン・グループに参加、1974年、バートンのアルバム『リング』で初レコーディングを体験。
1975年ECMレーベルと契約し、初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』を録音、このアルバムには大学時代の友人でベース奏者のジャコ・パストリアスが参加している。1977年バートン・グループを辞め、旧友であるピアノ、キーボード奏者ライル・メイズLyle Mays(1953―2020)、大学の友人のドラム奏者ダン・ゴットリーブDan Gottlieb(1953― )をサイドマンとし『ウォーターカラーズ』を録音。同年このメンバーに同じく大学の友人のベース奏者マーク・イーガンMark Egan(1951― )を加えた4人でパット・メセニー・グループを結成。翌1978年アルバム『パット・メセニー・グループ』Pat Metheny Groupを録音、同時に多重録音を駆使したソロ・アルバム『ニュー・シャトークァ』を制作する。1979年、ロック歌手ジョニ・ミッチェルのツアーに参加。このときの模様がアルバム『シャドウズ・アンド・ライト』となりビデオも発売され、ジャズを越えた幅広いファン層の支持を得る。1980年、デューイ・レッドマンDewey Redman(1931―2006)、マイケル・ブレッカーの2人のテナー・サックス奏者を従えた個人名義アルバム『80/81』を録音。同年メイズと共同の名義でアルバム『ウィチタ・フォールズ』を録音するなど、活動の範囲が広がる。
1984年メンバー・チェンジをしたパット・メセニー・グループによるアルバム『ファースト・サークル』を録音し、これを最後にECMからゲフィン・レーベルに移籍。1985年アルト・サックス奏者オーネット・コールマンと共演アルバム『ソングX』を制作、意外な組み合わせが大きな話題をよぶが、実はメセニーは以前からコールマンを尊敬しており、彼の曲を自身のアルバムでは取り上げていた。一方、グループとしては、うって変わってブラジル色の強いアルバム『スティル・ライフ』(1987)で、またもやファン層を拡大する。
1990年、ドラム奏者ジャック・デジョネットJack DeJohnette(1942― )のアルバム『パラレル・リアリティーズ』に、ピアノ奏者ハービー・ハンコックとともに参加。1993年、ギター奏者ジョン・スコフィールドと共演アルバム『ジョン・スコフィールド&パット・メセニー』を制作。彼のギター奏法はジム・ホールの流れをくむとはいえ、いわゆる「ジャズ・ギター」のイメージにとらわれない柔軟性をもっている。初期ECMの北欧的感覚、またアメリカの田園風景を思い浮かべるような作風から、ブラジル志向、果てはフリー・ジャズの旗手といわれたコールマンとの共演など、非常に幅広いモチーフがある。その結果、ファン層もジャズ・ファンに留まらない広がりをもつギター奏者としての地位を得た。
[後藤雅洋]