イギリスの小説家、劇作家。在仏イギリス大使館の顧問弁護士だった父の末子として1月25日パリに生まれる。8歳のとき母が肺結核で、2年後に父が癌(がん)で死んだので、パリを離れて南イングランドのケント県で牧師をしていた叔父に引き取られた。しかし、英語がうまくしゃべれず、おまけに言語障害もあり、劣等感に悩みながら、みじめな少年時代を送った。カンタベリーのキングズ・スクールを卒業したが、オックスフォード大学に進み聖職者になるようにという叔父の強い希望を拒否して、ドイツのハイデルベルク大学に行き、ショーペンハウアーを読んだりイプセンなどの近代劇を見たりなどして、生まれて初めて自由な生活を体験した。しかしハイデルベルク大学は卒業せずに帰国、ロンドンの聖トマス病院付属医学校に入った。そして助手としてロンドンの貧民窟(くつ)ランベスで医療に従事したときの経験をもとにした写実的な小説『ランベスのライザ』(1897)で注目されて作家生活に入った。その後戯曲も書き始め『フレデリック夫人』(1907上演)があたってからは生活に余裕ができて、金にあくせくすることなく自伝的長編『人間の絆(きずな)』(1915)にとりかかった。第一次世界大戦中は諜報(ちょうほう)関係の仕事につき、そのときの経験を材料にして短編集『スパイ物語』(1928)を発表している。
第一次世界大戦後『月と六ペンス』(1919)が空前の売れ行きを示し、その後は戯曲『ひとめぐり』(1919)、ハーディとヒュー・ウォルポールをモデルにしたということで物議を醸した『お菓子とビール』(1930)、中年女優の愛欲を描いた『劇場』(1937)、東洋の神秘主義に関心を示した『剃刀(かみそり)の刃』(1944)、マキャベッリを主人公にした歴史小説『今も昔』(1946)などで、優れたストーリー・テラーの本領を発揮した。短編の分野でも、1899年に最初の短編集を出して以来、『雨』『赤毛』『大佐の奥方』『凧(たこ)』など、題材のおもしろさと巧みな構成の傑作が多い。そのほか自伝的回想記『要約すると』(1938)や創作メモ『作家の手帳』(1949)などがある。1965年12月26日、91歳で没した。
[瀬尾 裕]
『中野好夫他訳『モーム全集』31巻・別巻2(1954~60・新潮社)』▽『朱牟田夏雄編『サマセット・モーム』(1966・研究社出版)』▽『ロバート・コールダー著、北川悌二訳『W・サマセット・モームと自由の探求』(1976・北星堂書店)』▽『藤井良彦著『サマセット・モームの輪郭』(1999・英宝社)』
イギリスの小説家,劇作家。パリ生れ。幼くして両親を失い,カンタベリーのキングズ・スクール卒業後,ハイデルベルクに遊学,作家を志す。医学修業中,ロンドンの貧民街の女を描いた《ランベスのライザ》(1897)で文壇に登場。その後のいくつかの小説は世評に乏しく,劇作を試み《信義の人》《フレデリック夫人》(ともに1903)などを創作。1907年《フレデリック夫人》がロンドンで上演され大成功を収め,一躍流行の劇作家となった。彼の文筆生活は長いが,大作家として名声が定まったのは,第1次大戦中に執筆した半自伝的小説《人間の絆》(1915)が,次作のゴーギャンをモデルにしたといわれる作品,つまり中年の株式仲買人が突如画家を志し妻子を捨ててタヒチに赴く話を平凡人の私が語る《月と6ペンス》(1919)の大成功にともなって見直されてからである。以来,小説家としては,中国を舞台にした《五彩のベール》(1925),《お菓子とビール》(1930),《片隅の人生》(1932),《劇場》(1937),宗教的な人間と俗人の対立を描いた《剃刀の刃》(1944)などの長編のほかに,〈雨〉〈赤毛〉などの傑作を含む短編集《葉のそよぎ》(1921)の大成功以来,百数十編の短編を発表している。また劇作でも機知とユーモアに富む風俗喜劇《おえらがた》(1917初演),《ひとめぐり》(1921初演)などで非常な成功を収め,その創作力は晩年に至るまで衰えなかった。人生の価値への相対主義とそれを上回る熾烈(しれつ)な人間への好奇心が,巧みな小説技法,劇作術と相まって,彼を現代の第一級の通俗作家にした。日本でも翻訳が多い。1959年には来日している。
執筆者:鈴木 建三
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