ひろく異常心理現象ないし病的精神状態を対象として記述・整理・分析をすすめる分野で,精神医学の中心部分を構成する。したがって精神病理学は精神医学と重なる部分が多く,19世紀の末まで独自の歴史をもたなかった。それがしだいに体系的な方法論をもつようになるのは,精神医学を構成する諸領域の分化が20世紀以降すすんだ結果でもあって,その基礎はドイツのシュテリングG.Störringの著書《精神病理学講義》(1900)により置かれたといわれる。しかし精神病理学を厳密な方法論で体系づけたのはK.ヤスパースで,その《精神病理学総論》(初版1913)は,与えた影響の大きさからしてこの分野の記念碑的業績とみなされる。彼が精神病理学に導入したのは,妄想や幻覚などの現象を単なる症状としてでなく一人称的体験として記述するための〈現象学的方法〉,病的体験を理解する際の〈説明と了解(理解)〉,体験のながれを了解的にとらえたうえでの〈発展と過程〉の概念などで,これらは70年後の今日なお重要なキー・ワードとして通用する。
精神病理学は1920年代に,ヤスパースらのハイデルベルク学派,E.クレッチマーらのチュービンゲン学派を中心としておもにドイツで華やかな成果をあげ,少しおくれてスイスのL.ビンスワンガー,ユダヤ系のシュトルヒA.Storchらの〈人間学派〉,フランスのクロードH.ClaudeやH.エーを中心とするサンタンヌ学派などがつづいた。これらの活動は第2次大戦でしばらく中断したが,戦後は日本,イタリア,スペイン,オーストリアなども加わって,幅広く精神病理学を発展させ,今日に至っている。この間つよい影響力をもったのはS.フロイトの精神分析と,そこから派生した英米系の力動学派で,従来ややもすれば静態的な観察と記述にかたよりがちだった精神病理学が,むしろ治療的かかわりの重視へと方向転換を求められているといえる。
→精神医学
執筆者:宮本 忠雄
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精神医学において精神病理学は、身体病理学に対応する広範な研究領域を有している。それは、精神医学的現象はすべて精神病理現象そのものだからである。もちろん、すべての精神病理現象は身体病理のうえに成立しているという考え方があり、とりわけ19世紀における生物学的精神医学研究において支配的であった。しかし、今日までの精神医学研究によると、たとえば大脳病理のうえに成り立っている精神病理現象でさえも、身体・精神病理現象の構造は無限に複雑である。
精神病理学は方法論として、精神症状論、力動精神医学、現象学的精神病理学の三領域に分けられる。第一の精神症状論は、19世紀のヨーロッパ大陸、とくにフランスとドイツにおいて完成された。第二の力動精神医学はマイヤーAdolf Meyer(1866―1950)とフロイトの影響下で、1930年以降アメリカにおいて発展していった。最後の現象学的精神病理学は、フッサール現象学とハイデッガー哲学の影響下で、ビンスバンガーLudwig Binswanger(1881―1966)やボスMedard Boss(1903―90)など少数の精神病理学者によって受け継がれてきている。
なお、類似用語である異常心理学は、その対象が精神病理学と同じか、また重なり合ってもその手法が正常心理学と同様である点で異なっている。
[荻野恒一]
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…リボは,1888年コレージュ・ド・フランスに異常心理学psychologie pathologiqueの講座が設けられるとともに,その専任者となっている。これに対しドイツでは,精神異常(異常心理)の研究はもっぱら精神医学者の手によってなされ,精神病理学Psychopathologieという表現が用いられてきている。本来は主として精神病や神経症を対象とする学問領域であったが,精神分析学やそれに基づく心理療法が行われるようになってからは臨床心理学という分野もこれに加わり,単に狭義の精神疾患を対象とする心理学という意味だけでなく,社会との関連や種々の行動障害に関する問題をも扱う広い心理学の分野となってきている。…
※「精神病理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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