翻訳|academism
プラトンはアテネ郊外のアカデメイアを中心に学問を講じたが,ここでは俗塵を離れてひたすら真理を探究する精神が称揚された。アカデミーとアカデミズムはここに起源をもち,学問研究の中心をなす学術研究者の団体や研究機関や学校がアカデミーと呼ばれ,世俗を離れた純粋な研究態度がアカデミズムと呼ばれるようになった。ルネサンス以降,学問の発展,分化に伴い,自然科学や美術のアカデミーもつくられ,18世紀啓蒙期にはすべての学問芸術arts and sciencesを総合するものとしてのアカデミーがヨーロッパ諸国につくられ,学芸の水準と権威を高めることに役だった。そこでは,学問研究の自由が保障され,アカデミック・フリーダム(学問の自由)の観念もしだいに定着していく。他方で,世俗を離れての,真理のための真理探究の精神態度は,現実との接点を失って高踏化し,その権威に安住して学問至上主義的独善的態度も生まれ,〈象牙の塔ivory tower〉にこもっての抽象的空論や衒学(げんがく)的態度が目だつようになってくる。それはまた,学問研究を保守的にし,若い世代が新しい課題に創造的・意欲的に取り組むことをさまたげることにもなった。日本では明治以降,大学が国家によって〈官学〉として設立され,欧米の学問の導入をはかったという事情が,日本のアカデミズムに特異な性格を与えている。
このような悪しきアカデミズムの傾向に対して,アカデミズム批判も強まっていく。それは,学芸の特権階級による独占に対して,それを国民大衆に開放すべきだという主張となり,また若い世代の新しい感覚や発想を尊重すべきだという批判ともなる。しかし,この批判が行き過ぎると,学問研究の内在的論理と独自の価値が軽視され,学問研究が,時の運動的課題に従属する危険性ももつ。そこで現在では,人類と国民が直面する現実的課題に,厳密に学問的な手続と方法を駆使してこたえるべきだとする〈新しいアカデミズム〉,あるいは〈国民的アカデミズム〉も提起されている。
→大学
執筆者:堀尾 輝久
美術におけるアカデミズムとは,アカデミー(官立ないし官立的性格をもった美術教育機関)において教えられる美的規範および手法にのっとった作品,またそのような作品を優れたものとする批評の態度をいう。より一般的用法としては,規範に従い技術的には巧みに表現しているが,生気に欠ける芸術作品の質を指す。アカデミズムの発生の契機となったのは,15~16世紀のイタリアにおいて,古典芸術の研究およびそれに触発されて行われた造形芸術の科学的探究(遠近法,解剖学,衣褶の研究)の成果が,芸術家に必須の知識とされるようになったことである。すなわち,親方から徒弟への技術の伝授の場であった従来の工房では果たしえない,このような新しい知識を教授する場として,この時期のイタリアで初めて各種美術アカデミーが創立されたのである。これらの初期のアカデミーで形成された諸理論,すなわちアカデミズム的芸術観が,西洋の近代美術の骨格を定めたといって過言ではない。アカデミーでは人体が芸術における意味の伝達手段として重要視され,人体を的確に素描する技術の修得が芸術家の最大の条件とされた。さらにその際,人体をありのままにではなく理想化しつつ模倣するべきであるとする理論,それをすでに実現している古典古代芸術への傾倒,理想化された人間像をおもな構成要素とする物語画の重視などがその後のアカデミズムの特質となった。こうした芸術観は,16世紀のマニエリスム期に理論化され,18世紀には合理的芸術観として絶対王政下の各国アカデミーによって推進された。アカデミズムは19世紀には相次ぐ革新的芸術観の反逆の的となったが,今なお正統的美術教育の基本理念の底に流れつづけている。
執筆者:鈴木 杜幾子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
学問研究や芸術活動において伝統的秩序や権威を尊重し、研究や創作活動の純粋性、正統性を保持しようとする精神的傾向あるいは行動様式を包括的に意味する。アカデミズムの長所は、伝統的秩序や権威の尊重が一定の知的、芸術的系統性をつくりだし、系統的生産性を向上させることができ、また純粋性の追求という理念から現実の政治経済的圧力と妥協しない批判的精神態度をもつ点にある。しかし、この長所はそのまま短所となる危険性をもつ。過度な純粋性と正統性の意識がやがて排他的な流派を形成し、かつ現実生活を超越する傾向をもつに至る。この排他性と超越性は知的、芸術的創造性を枯渇させ、形式化、保守化し、伝統至上主義となる。ジャーナリズムの側から反感と揶揄(やゆ)を込めて指摘されるのはおもにその点である。
元来、アカデミズムということばは、紀元前385年ごろプラトンが創設した私塾アカデメイアAkadēmeiaに由来する。プラトンはギリシアのアテネ郊外にアカデメイアを創設し、そこで学ぶ者たちとの禁欲的修業を通して、学問と魂の純粋性を追求した。この純粋性の追求から得られた哲学的理想をアカデミズムと称する。プラトンの死後も、その理想はアカデメイア派(プラトン学派)として継承された。近代になって学問や芸術の発展は、国家や政府の保護下に置かれ、学問や芸術のための機関はアカデミーacademyとよばれた。アカデミーを中心とする活動はしだいに官学的、権威的傾向をもつに至る。とくに日本では、大学などの高等教育機関は国家によって主導的に設置されてきた経緯から、アカデミズムは私学の在野的自由主義に対していうこともある。また芸術界でアカデミスムとは、とくにフランス王室の庇護(ひご)を受けた美術、音楽などの古典主義的傾向をさす場合もある。
[田代尚弘]
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