アシュート(英語表記)Asyūt

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アシュート
Asyūt

エジプト中部,アシュート県の県都。カイロの南 376km,ナイル川西岸にある上エジプト最大の都市。古代エジプトではスユートの名称で知られ,ジャッカルの頭をした神ウェップワウェット信仰の中心地として,また東部と西部の砂漠横断隊商路の終着地として栄えた。ヘレニズム時代はリコポリスと呼ばれ,205年頃,新プラトン学派のプロティヌスがここに生れた。中世イスラム時代も織物,穀類,果物の集散地として繁栄。現在は,キリスト教の一派コプト教会派の居住地帯。陶器,銀をアプリケしたショール,木象眼細工,絨毯など,古代の伝統的手工業で知られ,近代的紡績工場もある。少し下流にある港ハムラーにアシュート堰堤があり,そこから分れるイブラーヒーミーヤ運河が中部エジプトの大部分を灌漑している。背後の石灰岩丘陵には前2千年紀の第 12王朝時代の墳墓が多い。アシュート大学,師範学校がある。人口 29万 1300 (1986推計) 。

アシュート

シュート」のページをご覧ください。

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百科事典マイペディアの解説

アシュート

エジプト,上エジプト地方の同名州の州都。アラビア語ではアスコート。カイロの南方約340km,ナイル川岸に位置する。古代エジプト,イスラム帝国時代を通して上エジプト地方の政治・経済の要地であった。陶器,木工芸品,象牙細工などを産する。コプト教会の中心。99万1929人(2010)。

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世界大百科事典 第2版の解説

アシュート【Asyut】

エジプト中東部,アシュート州の州都で,中部エジプト最大の都市。アラビア語ではアスユートAsyūṭ。人口32万1000(1992)。ナイル川西岸に位置し,交通至便の地であるため,古代から政治・経済上重要な役割を果たしてきた。中王国時代には付近に大きな影響を与えるほど繁栄していた。ギリシア時代はリュコポリス(山犬の都市)とよばれ,コプト教徒が多く住んでいた。その後イスラム時代になると中継交易地として一段と発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アシュート
あしゅーと
Asyut

エジプト中部、ナイル川中流の左岸にある都市。アシュート県の県都で、商業、工業、学術文化の中心地である。人口34万3662(1996)。農産物の集散地であり、製糖、繊維、化学肥料などの工場がある。木の彫刻、皮細工、陶芸なども有名。近くに、ナイル川からイブラーヒーミア運河(268キロメートル)に分水するためのアシュート堰堤(えんてい)がある。古代エジプトではリコポリスあるいはシュートとよばれて栄えたが、のち衰微し、近世に隊商の拠点として再興した。[藤井宏志]

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