アメリカ合衆国では,1964年公民権法において「人種,肌の色,宗教,性別,出身国など」に基づく差別が禁止され,そうした差別が行われたと認められた時には,裁判所はそれを是正するための「積極的差別是正措置(アメリカ)(アファーマティブ・アクション)」を命ずることができると規定された。アファーマティブ・アクションは本来,上記の趣旨での多様な措置を含むものだが,その中でもっとも注目されたのが高等教育機関の入学者選抜で,マイノリティ出願者の入学を確保するためにとられた措置であり,とりわけ一定の優先的な枠組みを設ける「クオータ(割当)制」が議論の的になってきた。
[アファーマティブ・アクションをめぐる三つの裁判]
公民権法制定を受け,カリフォルニア大学デーヴィス校のメディカル・スクールの入学者選抜では,マイノリティ出願者は「一般方式」の出願者とは競合しない「特別方式」で100人の定員のうち16人が入学許可を得ていた。「特別方式」では大学の成績がGPA(Grade Point Average)2.5以上という要求をせず,面接にまで進める出願者の割合も5人に一人で「一般方式」の6人に一人よりも高い等の違いがあった。これが「人種割当」に当たるとするバッキ判決(1978年)の多数派意見を書いたパウェル判事は,「過去の差別による不遇の是正のために人種を考慮することは認められるか」という憲法修正14条に関わる判断は避けて,憲法修正第1条の範疇である「学問の自由」を根拠として「多様性の尊重」を人種の考慮を正当化する唯一の根拠と位置づけた。大学は特定のカテゴリーの学生の「クオータ制(アメリカ)(割当)制」による一定の数や割合の確保や,異なった選抜方式の適用はしてはならないというのがバッキ判決の判断であり,これがその後の大学入学者選抜方式策定の指針となった。
この指針に従って制度化されたミシガン大学の入学者選抜方式について,2003年6月に二つの最高裁判決が出された。ロー・スクールの選抜方式を審理したグルッター判決(アメリカ)では,人口構成比より入学者数の割合が過小で特別な配慮がないと入学が困難となる可能性の高いアフリカ系アメリカ人,ヒスパニックとネイティブ・アメリカンの受入れについて,志願書の「人種」記載の評価に重みをおいて「決定的に意味のある人数」を入学させるとした方式が支持された。一方,最高150点で100点以上を入学考慮の最低点とする選抜方式において,これらのグループの出願者に20点を自動的に加算していた学芸学部(Literature, Science & the Arts)の入学者選抜方式は却下された。
どちらの裁判も,白人の志願者が自らを「優遇されない」人種と位置づけ,特定グループの出願者に大きなチャンスを与えていることを不服としたものだった。この判決ではオコーナー判事がアファーマティブ・アクションの必要性と期限についての定期的レビューを大学に求め,期限を「次の25年の内に」と示唆したことが注目されたが,ギンズバーグ判事は奴隷制度と人種隔離の300年の歴史を考慮するならば,その見通しはあまりに楽観的であると批判した。
[アファーマティブ・アクションと人種の考慮]
「多様性の確保」であれ「過去の差別の是正」であれ,その目的のために志願者の人種を考慮し,マイノリティでない人の機会が制限されることに異議を唱えたのが,これらの一連の裁判だった。希望大学に入れなかったのは「人種の考慮」による特典を得られなかったためで,自分の権利が侵害されたと原告は主張したのである。アファーマティブ・アクションは「優遇措置」と訳されることもあるが,字義通りには「積極的差別是正措置」である。「逆差別」と表現されることもあるが,その措置によって,マイノリティが差別されていた時代に「優遇」されてきたグループのメンバーがその「特権」を失うことを「逆差別」と表現していると理解するべきだろう。差別是正のための限定的な「優遇」が,かつて「優遇」された人たちの正当な期待にあまりに厳しく介入するのは避けるべきであるというところに現在の主要な議論は収斂しているが,そのような「程度」の問題におさまらず,「人種の考慮」そのものに対する反発も強まっている。
しかし,人種を理由とした差別を禁じた憲法修正14条が「人種の考慮」一般を禁じていると主張するのは,修正14条が制定されたのが奴隷解放直後であったという文脈を無視したものと言わざるを得ない。「過去の差別の是正」を離れたところで「人種の考慮」の妥当性について議論すること自体を,ギンズバーグ判事は鋭く批判している。アファーマティブ・アクションの意義はそれ自体の必要がもはやないようにすること,という点では多くの人が同意するだろう。そうした状態の一つの目安は,失業や貧困というマイナス要因や,医療や教育の機会というプラス要因において,人口比に対する相対的過大や過小が特定の人種やエスニシティグループに顕著でないということだが,初等・中等教育においていまだに続く人種隔離や学力格差,富裕層と貧困層の二極化などの現実を見るならば,その大学教育における実現はまだ遠いと言わざるを得ない。
著者: 中村雅子
参考文献: 中村雅子「教育と人種―再隔離とアファーマティヴ・アクション」,川島正樹編『アメリカニズムと「人種」』名古屋大学出版会,2005.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
アメリカ合衆国において、長年にわたって差別を受けてきた黒人をはじめとする少数人種諸集団や女性に対して、経済的・社会的地位の改善、向上を目的に、連邦政府や地方自治体、民間企業、大学などが進めてきた差別是正のための特別措置(積極的措置)の総称。政府の調達契約の一定部分を少数集団や女性が所有する企業に発注したり、少数集団や女性の進出が著しく立ち後れている職種へ優先的に採用、昇格を行ったり、大学入学の際に人種を考慮したりする、などが代表的な特別措置の事例である。このほか、1982年の投票権法の改正を受けて進められてきた少数集団の候補者が有利になるような選挙区の設定なども、政治の領域における一種の特別措置とみなすことができる。積年にわたる差別とその結果の是正には、法の下の平等や機会の均等という形式的平等の保障だけでは不十分、というのが特別措置を推進ないし容認する論拠であったのに対し、それは誤った優遇措置であり、白人や男性に対する逆差別になるとの批判も当初から根強く存在してきた。このため、特別措置の是非はしばしば裁判によって争われることになった。
特別措置をめぐる連邦最高裁判所の判例として有名なのは、教育の分野でのバーキ判決(1978)や雇用にかかわるウェーバー判決(1979)であり、そこでは差別の結果を是正する一つの方法として、人種を考慮に入れることは適法と判断された。しかるに、1990年代中葉の一連の判決は、人種の考慮については厳格な基準を設けるとともに、特別措置に対してより消極的ないし否定的判断を下す傾向にある。政府の調達契約をめぐる連邦最高裁判所のアダランダ判決(1995)、選挙区の線引きをめぐるショウ判決(1993)やミラー判決(1995)、またテキサス大学ロー・スクールの優先入学制度をめぐる第五巡回区控訴裁判所のホプウッド判決(1996)、雇用をめぐる第三巡回区控訴裁判所のタクスマン判決(1996)などがその代表的判例である。アファーマティブ・アクションの見直しや廃止を要求する組織的な動きも強まり、カリフォルニア州においては、州政府によるアファーマティブ・アクション政策の禁止を要求する住民提案209号が1995年に採択されている。
アファーマティブ・アクションをめぐって多くの混乱や批判が生じた最大の理由は、それが明確な理念にたって十分に練りあげられ、広く国民的合意の下で進められてきたものではなかった点に求められる。(1)人種差別と性差別という、歴史的経緯も差別の構造も異なるものを同一の方式で解決しようとしたこと、(2)差別を支えるもろもろの仕組みや制度に手をつけずに、その前提上で差別の解消を図ろうとしていること、(3)資本主義がもたらす階級的差別と人種差別との間の区別と関連に関する認識が欠落していること、などが今後検討されるべき理論上の課題である。さらに、アファーマティブ・アクションが一定の資格や条件を満たすものに対する施策という、限定的性格をもっていることを考えるとき、人種や性別にかかわらず多くのアメリカ国民が直面している貧困や失業、劣悪な居住環境をいかに改善するのかという、普遍的性格を有する施策との関連も、解明を迫られている重要な課題である。
[大塚秀之]
『今田克司著『アメリカにおけるアファーマティブ・アクションの概要と実際』(1992・日本太平洋資料ネットワーク)』
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(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)
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1964年の公民権法以来,アメリカがマイノリティ(少数民族)と女性のために雇用・入学面でとっている積極的差別是正策(内容からすると優遇措置)。68年から白人女性が対象となり,69年には雇用者はマイノリティと女性の雇用数,大学は入学者数を役所に報告する義務を負った。70年代後半から,白人男性に対する逆差別という批判が高まり,90年代にカリフォルニア州とワシントン州では,州民投票によって廃止されている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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