公民権法(読み)こうみんけんほう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

公民権法
こうみんけんほう
Civil Rights Act

人種・民族,皮膚の色,宗教,あるいは出身国を理由とする差別を終わらせることを意図し,1964年に制定されたアメリカ合衆国の包括的な法律。アメリカの公民権にかかわる,連邦再建(→再建法)以来最も重要な法と位置づけられる。第1編では,社会における少数者や社会的・経済的弱者に対する不公正な登録要件や手続きを排除することにより,平等な投票権を保障している。第2編では公共施設での分離または差別を禁止している。第7編では,労働組合や教育機関における差別,州際通商や連邦政府との商取引を行なう事業者の雇用差別を禁じている。雇用については性差別も規定し,その条項を履行する政府機関として雇用機会均等委員会 EEOCを設立した。このほか,公立学校における差別撤廃を要請し(第4編),公民権委員会 CRCの職務を拡大し(第5編),連邦政府後援事業での資金分配における無差別を保証した(第6編)。1963年にジョン・F.ケネディ大統領が提案,その後任のリンドン・B.ジョンソン大統領の肝いりでより強化された法案が連邦議会上院での歴史に残る長期にわたる審議を経て可決され,1964年7月2日にジョンソン大統領が署名した。黒人との融和に反対する白人団体の反発は強く,抗議行動や黒人への暴力行為も発生した。ただちにこの法律の合憲性が問われたが,試験的訴訟として起こされたハート・オブ・アトランタ・モーテル(ジョージア州アトランタのモーテルの名称)対合衆国裁判(1964)でアメリカ合衆国連邦最高裁判所は合憲判断をくだした。公民権法により,雇用,投票,公共施設の利用における人種差別を防ぐ権限が法執行機関に付与された。(→アフリカ系アメリカ人公民権運動

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

公民権法
こうみんけんほう
civil rights acts

アメリカで黒人を保護するために制定された一連の法律
アメリカにおいては,南北戦争後も厳しい黒人差別が続いた。1896年最高裁は「分離しかし平等」の原則を示したが,1954年に最高裁は,公立学校においてこの原則は適用されないとした(ブラウン事件判決)。これを契機に様々な場所での隔離政策は崩れ,公民権運動は高まった。1955年には,モンゴメリー市でローザパークスの事件を契機にバス−ボイコットが広がり,キング牧師による抗議活動が活発化し,63年のワシントン行進につながっていった。公民権法としては,黒人の投票権が圧迫された場合,連邦裁判所に提訴できることを定めた1957年の公民権法が最初。1964年には人種差別撤廃法案が可決され,公共施設・学校での差別撤廃や,共学の促進など,広汎な差別撤廃が定められた。1968年の公民権法は家屋の売買賃貸上の差別の禁止を決定。しかし,現実の差別はなお根づよく残っている。

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世界大百科事典内の公民権法の言及

【アファーマティブ・アクション】より

…1964年のアメリカ合衆国公民権法第7編で〈人種,宗教,性,出身国,皮膚の色〉を理由とする雇用などの差別は禁止されたが,とりわけ黒人などは,長年の差別によって,差別が廃止されたからといって白人と対等に競争する準備は当然できていない。そこで考えられたのが,少数民族(黒人,ヒスパニック,先住民,アジア系,太平洋諸島出身者)と女性をめぐる差別を積極的に是正し,結果的に平等を実現しようという政策,つまりアファーマティブ・アクションである。…

※「公民権法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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