コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アンタナナリボ アンタナナリボ Antananarivo

6件 の用語解説(アンタナナリボの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アンタナナリボ
アンタナナリボ
Antananarivo

マダガスカルの首都。旧称タナナリブ Tananariveアンタナナリボ州の州都。マダガスカル島中央部,標高 1500mの高地に位置。熱帯地域であるが,一年を通して気候は温暖。 17世紀にメリナ (ホバ) 族が町と王宮を建設,1895年にフランス軍が占領。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

アンタナナリボ(Antananarivo)

マダガスカル共和国の首都。マダガスカル島の中央部の高原上にあり、商工業・交通の中心地。旧称タナナリブ。同国を初めて統一したメリナ朝の都が18世紀末に北西郊のアンブヒマンガから同地に移され、フランス統治時代も首都として発展した。人口、行政区102万(2005)。アンタナナリブ

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

アンタナナリボ

マダガスカルの首都。旧名タナナリブTananarive。マダガスカル島中央部,標高1500mの高原にあり,東岸のタマタブと鉄道で結ばれる。大学(1961年創立),パスツール研究所がある。
→関連項目トゥアマシナマダガスカル

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

アンタナナリボ【Antananarivo】

アフリカ大陸に近いインド洋の大島マダガスカルの首都。人口105万2835(1993)。かつてタナナリブTananariveといわれたが,1975年の社会主義革命の後に現在の名称に変えられた。島の内陸の標高1435mの高地にあり,北東のタマタブ港および南西のアンツィラベに通じる鉄道,道路網の中心で,国際空港もある。各種農産物加工業と商業が盛んである。マダガスカル大学など教育・文化施設も整っている。1625年頃城壁に囲まれた集落として建設され,1797年にメリナ族の支配者の居城となり,1810‐28年にメリナ族が全島を征服した結果,その首都となった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

アンタナナリボ【Antananarivo】

マダガスカル共和国の首都。マダガスカル島の中央部、海抜1250メートルの高原に位置し、米の集散が盛ん。旧称タナナリブ。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アンタナナリボ
あんたななりぼ
Antananarivo

アフリカ南東部、マダガスカル中央部にある同国の首都。旧名タナナリブTananarive。地名は「1000人の人の集まった町」の意味である。人口110万3304(1993センサス)、143万2000(1999推計)。ベチミタトラ平原を見下ろす標高1248メートルの丘の上にある。気候は5~9月の乾期を除き高温多湿である。マダガスカル島の商業、工業の中心地であり、鉄道、道路もここを基点として発達し、西南西50キロメートルには国際空港もある。工業は製靴、皮革、せっけん、食用油、肉缶詰、印刷、木材加工、たばこ、製粉などほとんどが軽工業である。町は最高所の、ラナバロナ3世(1845―1917)が建設した王宮(ロバ)を中心に発展し、ラダマ1世がつくったといわれるアノシ人造湖、前首相ライニライアリボニの住んでいたバロック風宮殿(現在美術学校)、ボイロン要塞(ようさい)、アングリカン教会などがある。そのほか、パスツール研究所、各種学校、軍事基地、農事試験所などがある。町にはフランス人、中国人、インド人も居住している。町の起源は17世紀にさかのぼり、ホバ人の首長によってつくられ、アンドリアナムポイニメリナ王およびラダマ1世の治世に拡大した。ラナバロナ2世が1870年プロテスタントに改宗してから多くの教会が建てられた。さらに1895年フランス軍が侵入し、同国占領下のガリエニ総督下で急速に近代都市として発展した。なお、2001年、郊外にあるアンブヒマンガの丘の王領地が世界遺産の文化遺産(世界文化遺産)として登録されている。[林 晃史]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

アンタナナリボの関連キーワードアガラス岬インド洋マダガスカルブラックアフリカ汎アフリカ主義北阿ランド オブ アフリカアシール[岬]アフリカ・マダガスカル・モーリシャス共同機構アフリカ・マダガスカル連合

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

アンタナナリボの関連情報