イデアのドイツ語訳。感覚されうる個物の原型・範型としての形相,主観的な表象ないし観念の両義のほか,カント以降のドイツ哲学では理性概念として独特の意義づけをこうむる。20世紀初頭,桑木厳翼は理性観念すなわちイデーを〈理念〉と訳した。カントは理性が現象界を超越する傾向は認めるが,理論的認識を感性の直観形式(時間,空間)と悟性概念(カテゴリー)との及びうる現象界に制限し,理性の構想する概念すなわち理念は,〈あたかも〉実在する〈かのように〉全現象界に最高の統一を与えこれを統制する仮説であるとし,旧来の形而上学の主題の神・不死・自由をこのような理念とみなした。他方,意志的実践では,人間は自由に基づき最高善を目標として道徳律の命令に従うべく行為するから,自由・不死・神は意志的行為にとっての必然的な要請とする。理論的悟性の対象としては実在性を拒まれた理念は,実践的意志の対象としては実在性を回復する。フィヒテは神ないし絶対者を神的理念と呼び,現象界をこの根本の理念の顕現ないし像と見,人間の使命はこの像の認識を介して神的理念の実現とそれへの漸近とを努力すべきであると説く。ヘーゲルは世界史を貫いて発展する神の理性ないし絶対者を理念と呼び,哲学とは理念が弁証法的に展開して自己に還帰する過程の概念的把握とみなす。一般に,理念は現実には到達されえぬが接近の努力を導く課題とされ,実現が期待される理想から区別される。また,本質ないし本質概念と等置されることがある。なお,ある時代・社会・文化に固有の諸理念の追究は〈理念史Ideengeschichte〉として,精神史・思想史・概念史の一翼を担うが,その形成も上記のドイツ哲学の理念観に基づく。K.W.vonフンボルトは個人の完全な形成を導く人間性の理念を掲げ,歴史の目標は人類を通して展示される理念の実現とし,ランケの世界史は各世紀の支配的傾向としての指導的理念の記述を重要視した。M.ウェーバーの理想型Idealtypusも,理念が原型・範型としての〈典型Typus〉の意義を有する限り,これを理念型と訳しうるであろう。
執筆者:茅野 良男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…ギリシア語のイデアideaに由来する英語のアイディアideaやドイツ語のイデーIdeeに相当する語(ただし,ドイツ語のイデーは〈理念〉と訳されて,特別の意味をもつことがある)。イデアは元来,見られたものごとの形,姿などの経験的,具象的な対象を意味した。…
…明治10年代,《哲学字彙》では,ideaの訳語に仏教用語の観念を当て,idealismは唯心論と訳したが,idealismを観念論と訳すのは明治10年代の後半,とりわけ30年代からである。この観念という訳語は(1)客観的実在としての形相すなわちイデア,(2)主観的表象としての想念,概念,考えすなわちアイディアないし観念,(3)理性の把握しうる概念すなわちイデーないし理念,(4)現実に対するアイディアルすなわち理想などを包括しており,これに応じて観念論も客観的観念論,主観的観念論,理想主義に大別しうる。西洋では実在論,実念論と比較して観念論は新しい用語であり,17世紀末から18世紀以来の成立である。…
…理想は明治10年代以来の訳語であるが,理想主義は大正時代のそれであり,明治40年代には理想論と訳されていた。理念(イデー)も理想もイデアに基づき,範型,典型,完全性の意味をもつが,理念は現実を超えて君臨すればよく,必ずしも実現されて実在性を帯びる必要はない。しかし理想はカントによれば〈個別化された理念〉であり,一般に実現が期待されるか,現実に対する規準として働くかであって,空想から区別される。…
※「イデー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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