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イドリーシー Idrīsī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イドリーシー
Idrīsī

[生]1100. セウタ
[没]1165
イスラム世界が生んだ最もすぐれた地理学者の一人。北アフリカのセウタに生れ,スペインのコルドバで勉学し,以後地中海諸国を歴訪した。シチリアのノルマン王,ロジェール2世に招かれ,王のために『諸国踏破を切望するものの慰め』『道里記』などを著わした。特に前者は『ロジェールの書』とも呼ばれ,数種の写本が今日伝わっており,それに付された世界地図は,イスラム地理学の典型的地図として有名である。

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デジタル大辞泉の解説

イドリーシー(al-Idrīsī)

[1100~1165]アラビアの地理学者。シチリアのロジェール2世に仕え、銀盤製の世界地図を作った。その地図解説書は「ロジェールの書」とよばれ、各地の物産・行政・風俗にも言及。アル=イドリーシー。

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世界大百科事典 第2版の解説

イドリーシー【al‐Idrīsī】

1100‐65
シチリアのノルマン王国のアラブ人地理学者。セウタに生まれ,コルドバで学ぶ。スペインと北アフリカの各地を旅した後,ノルマン王国国王ルッジェーロ2世に招かれてパレルモの王宮に居を定める。その後,1165年に他界するまでルッジェーロ2世,グッリエルモ1世の2人の王に仕え,当時のノルマン宮廷のアラブ・イスラム文化を代表する学者となった。その地理書《世界横断を望む者の慰みの書》(1154)は,ルッジェーロ2世の命により作成されたもので,イドリーシーが作成した世界地図の解説部分にあたる。

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大辞林 第三版の解説

イドリーシー【al-Idrīsī】

1100頃~1168頃) 両シチリア王国のアラブ系地理学者。銀製の円盤形世界地図を作製、地理書「ロジェルの書」を著し、地理学に影響を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イドリーシー
いどりーしー
al-Idrs, Ab ‘Abd Allh Muammad
(1100―1166)

イスラムの地理学者。モロッコのセウタに生まれる。スペインのコルドバで学び、小アジア、アフリカ、スペイン、フランスを旅行した。シチリア島のノルマン王ルッジェーロ(ロジェール)2世に招かれ、首都パレルモで平面天体図、世界地図をつくり、その解説書『世界踏破の愉悦』を著した。のちさらに大部な地理書『有衆の庭』を著し、グリエルモ1世Guglielmo (1120―1166)に献じたが、散逸して現存しない。国際的な学術都市パレルモにおいて西欧キリスト教国に関する豊富な知識を入手し、遠くスカンジナビア、大西洋島嶼(とうしょ)に至るまでの正確な知識を加筆している。その世界地図は完備をもって知られる。[佐藤圭四郎]

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世界大百科事典内のイドリーシーの言及

【地図】より

…バグダードで活躍した数学者・天文学者フワーリズミーの経緯度集《大地の形態》(830ころ)によると,アフリカとアジア東南部との連続否定をはじめ,プトレマイオス数値の修正がなされている。イスラム地図学の完成期を代表する学者は,シチリアのノルマン宮廷に仕えていたイドリーシーで,その世界図はカスピ海,アラビア半島の形状においてプトレマイオスをはるかに凌いでいる。しかしなぜかインド半島の欠如は修正されていない。…

※「イドリーシー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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