コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ウォルムス国会 ウォルムスこっかい

4件 の用語解説(ウォルムス国会の意味・用語解説を検索)

大辞林 第三版の解説

ウォルムスこっかい【ウォルムス国会】

1521年ドイツのライン川中流の古都ウォルムスでカール五世がルターの宗教改革思想の撤回を要求した帝国議会。ルターはこれを拒否したため国法の保護を奪われた。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ウォルムス国会【ウォルムスこっかい】

1521年神聖ローマ皇帝カール5世が召集した国会。帝国統治院の設置などが決定されたほか,ローマ教皇から破門宣告を受けていた宗教改革ルターが喚問された。皇帝は福音主義的教義の撤回を要求したがルターはこれを拒否して帝国追放を宣告され,ザクセン選帝侯フリードリヒ3世を頼ってワルトブルクにのがれた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ウォルムスこっかい【ウォルムス国会】

1521年,神聖ローマ皇帝カール5世ウォルムスに召集した,彼の治世最初の帝国議会。皇帝は,即位早々フランスとの戦争を目前にひかえていたため,この国会で帝国諸侯の財政的・軍事的支援を要求した。一方,諸侯の側は,スペイン王でもあるカールの権力増大をおそれ,援助の見返りに,皇帝不在の期間ドイツの政治を指導する帝国統治院の設置を認めさせた。続いて,前年ローマ教皇から異端として破門の宣告を受けた宗教改革者,ルターの喚問が行われた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウォルムス国会
うぉるむすこっかい
Reichstag zu Worms

宗教改革を唱えるルターを召喚した、皇帝カール5世即位後最初のドイツ国会。国会は1521年1月27日に開会されたが、とくに主要な議題となったのはルター問題である。皇帝の喚問に応じて、ルターが市民歓呼のうちにウォルムス市に到着したのは、4月16日であるが、次の日、彼は皇帝らの面前に出頭し、その教説の取消しを迫られた。彼は小考ののち、その翌日(18日)皇帝に対し決然と拒絶の返事をするが、その最後のことば、「聖書の証(あかし)によって、あるいは明白な理由と根拠によって納得させられない限り、私は取り消すことはできない。私はここに立つ。神よ、助け給え、アーメン」は有名である。ルターはウィッテンベルクへの帰国途上、ザクセン選帝侯によってワルトブルク城に保護され、聖書のドイツ語訳に専念することになる。他方、皇帝は同年5月ウォルムス勅令を発布して、ルターを明白な異端者と宣告し、彼の書物の焼却、援助の禁止などを布告、宗教改革はここにクライマックスを迎えた。[瀬原義生]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のウォルムス国会の言及

【キリスト教】より

…おそらく1513年から15年にかけての《詩篇講義》のさなかに回心し,つづく《ローマ人への手紙講義》において福音的な〈神の義〉の認識へと進んだ。1517年10月31日にウィッテンベルク城教会の扉にはった〈九十五ヵ条提題〉は,贖宥への神学的原理的反論であったが,教会法や司教裁治権に抵触するところ多く,教皇庁は黙視できなくなり,ハイデルベルク討論(1518)やライプチヒ討論(1519)を経て,ウォルムス国会(1521)でついに破門教書を発行するに至った。ルターはすでに《キリスト者貴族に与える書》《教会のバビロン捕囚》《キリスト者の自由》などを刊行して改革を広く訴えていたし,ザクセン選帝侯フリードリヒの強い支持で,政治的にも改革を進めることができた。…

【宗教改革】より

…時のドイツ(神聖ローマ帝国)皇帝カール5世は,スペイン王でもあり,厳格なカトリック信者だったが,彼は,皇帝選挙のさい恩義をこうむったザクセン選帝侯への政治的顧慮からしても,ルターの処置について,教皇の意のままには動かなかった。21年春ウォルムスで開かれた帝国議会(ウォルムス国会)に,皇帝がルターの出頭を求め,いまいちど〈異端的〉な所説を撤回する機会を与えたのはそのためである。しかしルターはあくまで良心を曲げず,取消し要求に応じなかったので,皇帝はウォルムス勅令を発して彼の帝国公民権を奪い,その著作の禁圧を命じた。…

※「ウォルムス国会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ウォルムス国会の関連キーワード金印勅書クレメンスジギスムント神聖ローマ帝国カルロス五世宮殿カレル広場トルジニーコロナーダプラハ城タタ城ベレンガーリオ[1世]

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone