ウォレン(英語表記)Warren, Robert Penn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウォレン」の意味・わかりやすい解説

ウォレン
Warren, Robert Penn

[生]1905.4.24. ケンタッキーガスリー
[没]1989.9.15. バーモント,ストラトン
アメリカの詩人,小説家,批評家。テネシー州ナッシュビルのバンダービルト大学在学中から,J.C.ランサムに率いられた南部農本主義の立場に立つ詩と批評の雑誌『フュージティブ』 The Fugitiveに関係,多くの大学の教授を歴任しつつ,『サザン・レビュー』 Southern Reviewなどの編集にたずさわり,文学のあらゆる分野で活躍,小説『すべて王の臣下』 All the King's Men (1946) ,詩集『約束』 Promises (57) をはじめとする作品は,いずれも南部的主題を扱いつつ,象徴主義的手法によって一種の宗教性をそなえた独特のもので,上の2作はともにピュリッツァー賞を受けた。また新批評派の批評家としても重きをなし,『エッセー選集』 Selected Essays (58) ,C.ブルックスとの共著による新批評の分析的方法を文学教育に適用した教科書『詩の理解』 Understanding Poetry (38) などは有名。ほかに,ケンタッキーのたばこ戦争を扱った処女小説『覆面騎馬団』 Night Rider (39) をはじめ,『世界も時も』 World Enough and Time (50) ,『天使の群れ』 Band of Angels (55) ,『洞穴』 The Cave (59) ,『荒野』 Wilderness (61) ,『洪水』 Flood: a Romance of Our Time (64) などの,アメリカの歴史上の事件を題材にした小説や,短編集『屋根裏部屋のサーカス』 The Circus in the Attic (48) がある。 86年アメリカ初の桂冠詩人に選ばれた。

ウォレン
Warren, J. Robin

[生]1937.6.11. アデレード
オーストラリアの病理学者。 1961年アデレード大学を卒業後いくつかの病院で研修を重ね,1968~99年ロイヤルパース病院に病理医として勤めた。 1979年胃炎患者の胃粘膜に未知の桿状の細菌,ピロリ菌 (ヘリコバクター・ピロリ) が存在することに気づいた。その後,同病院の医師バリー・J.マーシャルとともにピロリ菌の研究を進め,患者 100人の組織を調べ,胃炎胃潰瘍十二指腸潰瘍のほとんどすべての患者からこの菌の存在を確認した。 1982年ピロリ菌の分離・培養に成功。ストレスや胃酸過多が主たる原因とみなされていたそれまでの常識を覆し,ピロリ菌による感染症であることを示し,予防や治療に大きな変革をもたらした。この功績により,2005年マーシャルとともにノーベル生理学・医学賞を受賞。 1995年ラスカー賞,1997年パウル・エールリヒ賞受賞。

ウォレン
Warren, Earl

[生]1891.3.19. ロサンゼルス
[没]1974.7.9. ワシントンD.C.
アメリカ第 14代連邦最高裁判所長官。 1912年カリフォルニア大学卒業。 39~43年カリフォルニア州最高法務官。 43~53年同州知事。 48年共和党副大統領候補 (大統領候補は T.デューイ) となったが選挙で敗れた。 53~69年連邦最高裁判所長官。 54年5月 17日公立学校での人種差別は違憲と判決。 J.ケネディ大統領暗殺事件 (1963.11.22.テキサス州ダラス) の調査のため,63年 11月 29日設置されたウォレン委員会委員長。 64年9月,容疑者 L.H.オズワルドの単独犯行と断定するウォレン報告を公表したが,真相はいまだ疑問視されている。 69年6月引退。

ウォレン
Warren, Mercy Otis

[生]1728.9.14. マサチューセッツ,バーンスタブル
[没]1814. マサチューセッツ,バーンスタブル
アメリカ独立革命期に活躍した女流詩人,劇作家,歴史家。愛国派指導者 J.ウォレンの妻で,独立革命の初期に風刺詩『へつらう人』 The Adulateur (1773) や『グループ』 The Group (75) を書いて桂冠詩人となった。独立後には『アメリカ独立革命の勃発,進展,終結の歴史』 History of the Rise,Progress and Termiation of the American Revolution (1805) を著わしアメリカ独立革命を擁護した。

ウォレン
Warren

アメリカ合衆国,オハイオ州北東部の都市。ヤングズタウンの北西方約 25kmのマホニング川河畔に位置する。ヤングズタウン=ウォレン大都市圏に含まれる。町の起源は 1799年。 1840年ペンシルバニア=オハイオ運河の完成により河港となったが,50年代中途で鉄道輸送に代り衰微。付近の炭鉱の開発で製鉄が興り,現在も鉄鋼,電気製品が主要業種。パッカード系工場の所在地で,パッカード音楽ホールは市内の文化,娯楽センターとなっている。人口5万 793 (1990) 。

ウォレン
Warren, Gouverneur Kemble

[生]1830.7.8. ニューヨーク,コールドスプリング
[没]1882.8.8.
アメリカの軍人,陸軍の技術者。 1850年陸軍士官学校卒業。アメリカ西部の地図作成に貢献。南北戦争のときはゲティズバーグの戦い (1863) で,北軍の少佐およびポトマック軍団の技術将校として活躍した。

ウォレン
Warren

アメリカ合衆国,ミシガン州南東部,デトロイトの北部郊外の都市。 1837年に始り,付近の町村を合併して 1935年に市制をしいた。 20年代から工業化と住宅地化が進み,第2次世界大戦後は一層急速に発展した。ゼネラル・モーターズの技術センター,デトロイト兵器廠,陸軍機動本部などがある。人口 13万4056(2010)。

ウォレン
Warren, Joseph

[生]1741.6.10. マサチューセッツ, ロックスベリー
[没]1775.6.17. バンカーヒル
アメリカ独立革命初期の指導者,医師。 1774年本国議会の越権に抗議した「サフォーク決議」の起草者の一人。マサチューセッツ革命評議会,ボストン公安委員会のメンバー。バンカーヒルの戦いで戦死。

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改訂新版 世界大百科事典 「ウォレン」の意味・わかりやすい解説

ウォレン
Earl Warren
生没年:1891-1974

第14代アメリカ合衆国最高裁首席裁判官。在職1953-69年。ロサンゼルス生れ。両親は北欧系の移民。カリフォルニア大学(1912),同ロー・スクール(1914)を卒業後,弁護士を開業,35歳で地方検事に出馬当選,カリフォルニア州法務長官,同州知事(1942-53)と選挙による公職の階段を登った。知事として3選され,変貌の激しい大州を治めた政治手腕は全国的な注目を集め,1952年には共和党大統領候補の指名を争ったが,D.D.アイゼンハワーに敗れた。53年,アイゼンハワー大統領の指名により首席裁判官に就任,69年に辞任するまで,17年間その職にあってウォレン・コートWarren Courtと呼ばれる最高裁の一時代を画した。人種別学法違憲(ブラウン事件判決),一人一票原則にもとづく議員定数不均衡是正など,平等主義を志向する判決や,刑事手続における人権保障を徹底させた判決を下し,最高裁が〈国民の裁判所〉として社会的不正,不平等の改革に積極的役割を担うべきであるという姿勢を貫いた。
執筆者:


ウォレン
Robert Penn Warren
生没年:1905-89

アメリカの詩人,作家,批評家。ケンタッキー州に生まれ,大学在学中に早くも南部農本主義文学運動の拠点であった《フュージティブ》誌に寄稿。自由な詩形で南部の野性的な生気をみなぎらせ,《詩36編》(1935),《詩選集》(1944)など,数多くの詩集を発表した。小説にもすぐれ,ピュリッツァー賞を得た《王の家来たち》(1946)では南部の政界の汚濁のなかでの人間の心理的葛藤を描くなど,一貫して南部の諸問題を倫理的心理的な視点から追求しようとした。〈新批評〉派の一人として《評論集》(1958)のほか,C.ブルックスとの共著《詩の理解》(1938)と《小説の理解》(1943)は新批評の方法による文学教科書として高い評価を受けた。
執筆者:


ウォレン
Warren

アメリカ合衆国オハイオ州北東部の工業都市。人口4万6832(2000)。鉄鋼の町として有名なヤングズタウンの北西約20kmに位置し,石炭と鉄の町として知られる。かつては駅馬車の駅であり,スティーブン・フォスターが《金髪のジェニー》を作ったのは,この町の宿屋であったといわれる。また《ケンタッキーのわが家》もこの地で構想されたという。西郊にフーリエ主義者の理想郷〈ファランクスPhalanx〉の跡がある。
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百科事典マイペディア 「ウォレン」の意味・わかりやすい解説

ウォレン

米国の詩人,小説家,批評家。形而上詩的な作品のほか,南部の歴史に取材した小説も多く,《王の家来たちも》(1946年)は有名。批評家としてはニュー・クリティシズムに属する。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウォレン」の意味・わかりやすい解説

ウォレン(Earl Warren)
うぉれん

ウォーレン


ウォレン(Robert Penn Warren)
うぉれん

ウォーレン

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世界大百科事典(旧版)内のウォレンの言及

【ニュー・クリティシズム】より

…方法としては,作品の微細な分析を展開する実践批評を特徴とした。これを教室での文学教育の現場に移したのが,C.ブルックスとR.P.ウォレンらによる《詩の理解》(1938),《小説の理解》(1943)などであり,アメリカ各地の大学で広く用いられ,多大の影響を及ぼした。【川崎 寿彦】。…

※「ウォレン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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