イギリスの名誉ある詩人の称号。中世以来ヨーロッパにおいて、名声ある詩人は、多く王室もしくは貴族によって保護されてきた伝統をもつ。ルネサンス期イギリスでは、たとえばスケルトンのごとく、当代第一の詩人として諸大学によって選ばれた詩人にこの称号は贈られたが、今日みられるように王室に関係ある詩人職として制定されたのは、実質的に1616年ジェームズ1世によってベン・ジョンソンが選ばれたことに始まる。公式には1668年にドライデンが任命され、年金300ポンドおよびカナリア諸島産ぶどう酒を授かった。その後、サウジー、ワーズワース(ワーズワス)、テニソンらから、20世紀に入っては、R・S・ブリッジズ、メースフィールドを経てデー・ルイス、さらにベッチマン、テッド・ヒューズらが選ばれている。しかし、桂冠詩人かならずしも大詩人ではなく、以上にあげたもののほかは、その多くがほとんど無名に近い群小詩人として名をとどめるにすぎない。現在は宮内官として一定の年俸を支給され、前任者が死亡したとき、政府によって推薦される終身制をとっている。王室の慶弔あるいは国家的行事や重大事に際して、詩をつくることを義務としているが、いまはそれも任意となり、かならずしも義務づけられていない。
[上田和夫]
『小泉博一著『イギリス桂冠詩人』(1998・世界思想社)』
本来は詩作における勝利者のしるしとしての,ゲッケイジュの冠を戴いた詩人の意。ギリシア・ローマ時代には詩作も体育競技とならんで公開の競技である場合が多く,その勝利者には詩神アポロンにゆかりのゲッケイジュの枝を編んだ冠が授けられた。中世からルネサンスにかけてのイタリア人もこれを意識しており,ダンテ,ペトラルカ,タッソらが,その時代第一流の詩人として〈月桂樹を戴く者〉に擬せられたりした。
しかし,これをはっきり制度化したのは近世イギリスであって,17世紀後半以来〈ポエット・ローリイットpoet laureate〉と呼ばれて王室の一つの役職となっている。最初に任命されたのは王政復古期の大詩人J.ドライデンであったが,政治と信仰と文筆活動とが離れがたく結びついていた時代で,ローマ・カトリックに改宗したドライデンには政敵が多く,1688年の名誉革命に続く政変のため,その地位を追われた。代わって任命されたのが政敵T.シャドウェルであり,さらにこのあとはN.テート,N.ローと続いた。その役目は,宮内官として終身の年俸を受けつつ,王室や国家の慶弔にあたってそれにふさわしい公的な詩を詠進することにあった。前任者が死ぬとすぐに,時の首相の推薦によって任命される名誉職的な終身官であったから,選考の基準は必ずしも詩人としての実力や名声によらず,身びいきも加わって,無難な二流詩人が選ばれることが多かった。しかし1843年に推薦されたワーズワースは,公的慶弔の詩作にはたずさわらないとの条件の下にこれを受けた。これ以来この種の詩作は,桂冠詩人の義務ではなく,自発的意志によってのみ行われるならわしである。ほかに著名な桂冠詩人としてはR.サウジー,A.テニソンがいる。
執筆者:川崎 寿彦
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…ローマ時代には見習いの若い医師が万能薬のゲッケイジュを頭に飾る習慣があったといい,中世には大学で修辞学と詩学の修了者が桂冠を授与された。イギリスの桂冠詩人もこの伝統にのっとっている。花言葉は〈栄誉と勝利〉〈幸運と誇り〉。…
※「桂冠詩人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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