日本大百科全書(ニッポニカ) 「オトギリソウ」の意味・わかりやすい解説
オトギリソウ
おとぎりそう / 弟切草
[学] Hypericum erectum Thunb.
オトギリソウ科(APG分類:オトギリソウ科)の多年草。高さ30~60センチメートル、葉は披針(ひしん)形で先は円く、基部で丸い茎を抱き、葉の表面にある黒点は縁辺にも並ぶ。8月ごろ、径2センチメートルほどの黄色花を茎頂や下方の分枝上につける。多数の雄しべが3個の束に集まり、花柱は3裂する。蒴果(さくか)は長楕円(ちょうだえん)状卵形で、5~10ミリメートル。日本全土の山地に普通に生え、樺太(からふと)(サハリン)、朝鮮半島、台湾、中国に分布する。同属のトモエソウは全体が大きく、雄しべの束は5個、花柱は5裂。コケオトギリ、サワオトギリは雄しべの束は3個、花柱は3裂。コケオトギリは葉は長さ1センチメートル以下、花は径5~7ミリメートル。サワオトギリは葉は長さ2~4センチメートル、花は径約1センチメートル。
オトギリソウ属は、広義には雄しべの数が少なく、束状にならないヒメオトギリ属も含まれるが、狭義には多数の雄しべを束生するものに限り、北半球の亜熱帯から温帯に分布し、500種ほどあり、日本には40種ほど自生している。
[杉山明子 2020年7月21日]
民俗
ヨーロッパでは中世から最近まで聖ヨハネの祝日に薬草を集める風習があり、重要な年中行事の一つとして中夏節の祭りという。イギリスでは薬草として用いられるセイヨウオトギリソウを「聖ヨハネの草」St. John's-wortとよんでいる。6月24日の聖ヨハネの祝日は夏至のころで、太陽がもっとも強い時期であり、オトギリソウが黄色の花をつけるころでもある。この日の前夜に集めたものがとくに中夏節の薬草として効力が強いとされ、病気をもたらす悪魔を追い払う草としていた。
また豊作を祈るたき火をこの日に行う風習があり、恋人たちもこの祭りを楽しんだ。中夏節前夜にこの草を枕(まくら)の下に敷いて眠ると娘たちは未来の夫の夢をみると信じ、壁にかけた小枝が朝までしおれなければ結婚相手は吉と占った。また中夏節前夜に騒ぎ回る悪魔たちの災いから逃れたり、落雷よけのために家の戸口や窓にこの草をつるす風習もある。
[杉山明子 2020年7月21日]
弟切草という物騒な名は、寺島良安(りょうあん)の『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(1713)によれば、花山(かざん)天皇(在位984~986)の代に、鷹(たか)使いの名匠晴頼(はるより)が鷹の傷を治すための薬草を秘密にしていたところ、それを弟が漏らしたために切り捨てたことから名づけられたと伝える。古くから薬として知られ、青薬(あおぐすり)の別名もあり、藤原定家は「秋の野にまだ枯残る青薬 飼ふてふ鷹やさし羽なるらむ」と詠む。また貝原益軒は『大和本草(やまとほんぞう)』(1709)で、雑草の項に分類し、切り傷の止血のほか、鷹と犬の病を治すと記す。現在でも陰干しにした全草を煎(せん)じてかぜや咳(せき)止めの民間薬に使い、焼酎(しょうちゅう)につけて薬酒をつくる。
[湯浅浩史 2020年7月21日]