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オーリウ

百科事典マイペディアの解説

オーリウ

フランスの公法学者。1883年以降トゥールーズ大学教授。フランス行政法学を体系化。社会学的・伝統スコラ哲学的な理論に基づき新カント派思想を批判,多元的な制度理論を説いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

オーリウ【Maurice Hauriou】

1856‐1929
フランスの公法学者。トゥールーズ大学教授。公法理論が現代的理論へと転換をとげる時期のフランス公法学をL.デュギーとともにリードした。カトリック信徒であり,トミストを自認した彼は,個人主義哲学を基礎に社会発展における個人の役割を強調してデュルケームの社会観に対抗,〈社会的なるもの〉を社会意識の実在ではなくて理念の実在によって説明しようとし,その試みの中から〈制度理論〉を打ち立てた。【高橋 和之】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オーリウ
おーりう
Maurice Hauriou
(1856―1929)

フランスの公法・法哲学者。シャラント県ラディーユに生まれる。トゥールーズ大学法学部教授。法学者オーリウは社会学にも造詣(ぞうけい)が深く、社会学を基礎にした法理論を提唱し、デュギーと並んで当時のフランス公法学界を代表した。カトリック教徒で、伝統的な自由主義、個人主義を信奉したオーリウは、デュギーと同じく、法人格理論に強く反対したが、他方、デュギーが法を国家とはまったく無関係に社会のなかで生成、発展するとみることにも反対し、法人格理論を客観法的観点から再構成することを提唱し、「制度の理論」を生んだ。オーリウは、法の理念が社会的現実のなかに浸透していく過程の分析のなかから、権威者のイニシアティブによる規範の定立が存在することをみいだし、他方で、その規範が正義に適合しているときには民衆による受容によって慣習法化し、やがてそこに社会的均衡が生まれ、かくして理念が現実を秩序づけるに至ることを確認した。制度はこの均衡によって生まれるものであり、この制度こそが法の源泉であると考えた。オーリウは制度の理論を基礎に『公法原論』Principes de droit public(1910、1916)において伝統的な理論を克服する新たな公法理論を確立し、とくに行政法の領域において大きな影響を与えた。[高橋和之]

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世界大百科事典内のオーリウの言及

【自然法】より

…それがベルギーのJ.ダバンに受け継がれる。またM.オーリウやその徒ルナールGeorge Renard(1847‐1930)の〈制度理論〉もトマス・アクイナスからインスピレーションを受けている。今日ではパリ大学の法律家たち,ビレーMichel Viley(1914‐ ),プレローMarcel Prélot(1898‐1973),ビュルドーGeorge Burdeau(1905‐ )などが,新トミズムのフランスでのおもな担い手である。…

【制度理論】より

…フランスの公法学者M.オーリウの唱えた理論。当時のフランスの個人主義的法理論およびドイツの法実証主義的法人格理論を克服するものとして提唱された。…

※「オーリウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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