コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

カイテル カイテル Keitel, Wilhelm

4件 の用語解説(カイテルの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カイテル
カイテル
Keitel, Wilhelm

[生]1882.9.22. ヘルムシェヘロデ
[没]1946.10.16. ニュルンベルク
ドイツの陸軍軍人,元帥。 1935年国防相に相当する官につき,38年ヒトラーが創設したドイツ国防軍最高司令部 OKW総司令官に任命された。 40年6月フランスの降伏条件を命令した。第2次世界大戦後,戦時国際法侵犯の罪により,ニュルンベルク裁判で死刑の判決を受け,執行された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

カイテル

ドイツ陸軍の軍人。1938年以降ヒトラーのもとで国防軍総司令部(OKW)長官,1940年元帥。第2次世界大戦中は幕僚長。戦後のニュルンベルク裁判で,ソ連におけるドイツ軍の不法残虐行為を認める命令への署名を問いただされ,絞首刑

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

カイテル【Wilhelm Keitel】

1882‐1946
ドイツ陸軍の軍人。第2次世界大戦中の幕僚長。ハルツ山地,ヘルムシュローデに生まれる。1938年2月ヒトラーが直接国防軍を指揮するようになった際,新設の国防軍総司令部(OKW)長官に任命され,大戦間も終始その職にあった。40年元帥となる。OKW長官は国防長官に相当する地位だが,ヒトラーのもとではLakeitel(従僕に通ずる意)だと陰口されるほど,完全な黙従,追従,卑屈に終始したとされる。とくに批判されるのは,ソ連におけるドイツ軍の不法残虐行為を認める命令に署名したことであり,戦後のニュルンベルク国際軍事裁判で絞首刑を宣告,執行された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カイテル
かいてる
Wilhelm Keitel
(1882―1946)

ドイツの軍人、元帥。ハルツ山地のヘルムシュローデ生まれ。1901年士官候補生として入隊。第一次世界大戦には大尉として従軍。敗戦後も軍にとどまり、主として部隊編成を担当、1935年国防省軍務局長。1938年ブロンベルクWerner von Blomberg(1878―1946)国防相、フリッチュWerner Freiherr von Fritsch(1880―1939)陸軍司令官の失脚後、新設の国防軍最高司令部(OKW)長官に抜擢され、以来敗戦までヒトラーの側近として戦争指導を補佐した。1945年5月8日ドイツの降伏に際して国防軍を代表して署名。ニュルンベルク裁判で絞首刑の判決を受け、1946年10月16日処刑された。[藤村瞬一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カイテルの関連キーワードゼークトモルトケルントシュテット連合軍ロンメル河村正彦グデーリアンリデル・ハート《第2次世界大戦》ロンドン協定(第2次世界大戦)

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

カイテルの関連情報