本来ギリシア語で,祭儀,医術,音楽,哲学など諸分野に広く認められる〈純化〉を意味した語。だがアリストテレスが《詩学》第6章で悲劇を定義し,〈悲劇の機能は観客に憐憫(れんびん)と恐怖とを引き起こして,この種の感情のカタルシスを達成することにある〉と明記して以来,この概念は悲劇論ばかりか芸術全般の考察における重要な概念となった。もっともアリストテレスの用語の意味については,古来さまざまな解釈があり,果てしない論争が続いてきた。悲劇の倫理的効果としての感情の〈浄化〉とする説があり,また素材の事件を変形する創作上の〈純化〉とする少数意見さえも立てられたが,今日では,感情の〈発散〉という生理的機能を重視する見解が有力である。すなわち悲劇やある種の音楽が激しい感情を誘発するとき,鬱積していたそれらの激情は放出されることになり,心をその重圧から解放して軽快にするが,この作用をカタルシスとみなすのである。演劇史上ではコルネイユ,レッシング,ゲーテがこの概念にそれぞれ独自の解釈を加えており,そこに成立した演劇観を介してそれらの見解はいずれも今日に至るまでなんらかの影響を及ぼしている。なお,本来のカタルシスは上記の激情にのみかかわるのであるが,現実を理想化する芸術の営みに即して,感情が美的に高揚し純化されることをもカタルシスの概念に託すならば,これはあらゆる芸術に妥当する事柄であろう。
執筆者:細井 雄介
精神療法でも重要なメカニズムの一つで,無意識によって抑圧されていたり,あるいは意識的に抑えられ,表現されないでいた感情や思考,体験が勢いよく十分に表現されたときにみられるすっきりとした気分の状態をいい,浄化作用ともいう。フロイト,ブロイアーは,催眠中に生ずる過去の情動の表現に対してこの語を用いた。しかし,その作用をもっとも重視したのはモレノである。心理劇においても,観客にカタルシスが生ずるが,演じている主役に生ずるカタルシスが重要であり,それは全体的なカタルシスだとしている。このような急激な感情表現が抑圧の抵抗を破って生ずるのには,催眠とか,心理劇のドラマティックな状況,内観療法の身調べなど,一種の危機的状況と,そこでの治療者の受容的な態度,被治療者への尊重が生み出す信頼関係が重要である。急激な解除反応の形をとるものだけではなく,精神療法の初期や,電話相談などでだれにもしゃべれなかったことを綿々と述べるときも同じようなメカニズムが働いている。精神療法においては,カタルシスに続いて,自分の課題の意識化,洞察が伴い,態度や行動の変容へと発展していく。あるいはそのように操作するのであるが,一時的なカタルシスで終わる場合もある。日常生活においても,不安や苦悩を抑圧しないですむように,自由に表現し,カタルシスを許されるような信頼のおける人間関係や,安心できる場所をもっていることが精神衛生上望ましいといえる。子どもの問題行動に対し,お説教するより話を聞く態度をとることのたいせつさもそこにある。なお,カタルシスの種類としては,言葉によるものから直接の行為によるアクションカタルシス,集団のカタルシス,観客としてのカタルシスなどがある。
執筆者:増野 肇
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原義は古代ギリシア語で「清浄な(カタロン)ものにすること、浄化」を意味する。宗教上の用語として、宗教的な罪障(たとえば、殺人などによる穢(けが)れ)を除去するお祓(はらい)をいい、また、医術の用語としては、体内の不純物を排泄(はいせつ)させる手だてをいった。プラトンは、ある場合、哲学(愛知)の働きをこの宗教および医術上の浄化の働きになぞらえ、哲学は、魂から魂が肉体と合することによって受けた不純物を取り除き、魂をできるだけ肉体から引き離すことだとした。これにより、魂は、魂が魂自体としてもつ純粋なあり方を取り戻し、純粋な存在自体の真実相に触れることになる。哲学の求める知(プロネーシス)とはそのような魂のあり方のことである(『パイドン』66B~68B)。このようなプラトンの用語法はピタゴラス派に起源をもつもので、ピタゴラス派は宗教的節制と学問研究(数学と音楽理論)による魂の浄化を説いたとみなす人々もあるが、プラトン以前のピタゴラス派がカタルシスの語を拡張して、学問研究にも適用したかどうかには疑問がある。
アリストテレスでは、この語は文学論上の用語として、とくに悲劇が人間の魂に対して及ぼす清浄化の効果について用いられ、悲劇とは「憐(あわれ)みと恐れの情による、これらの情の浄化(カタルシス)である」と規定された(『詩学』1449b27~28)。詳述することなしに付加されたこの一行は、アリストテレス詩学の解釈史上において、多彩、かつ持続的な論争の的となった。
[加藤信朗]
苦痛や悩みをことばに出して表現すると、その苦痛や悩みを解消することができることがあるが、心理療法ではこれを通痢(浄化ともいう)といい、通痢をおこすような反応を除反応という。緊張を解放する適当な方法が閉ざされ、感情がたまってくると病理的な結果を招くことになる。病理的症状のもととなっている抑圧され意識されない感情を呼び起こし、情緒的コンプレックスを解放することをカタルシスという。あらゆる心理療法の治療効果は、部分的にはカタルシスによるといっても過言ではない。オーストリア(のちアメリカ)の精神科医モレノの心理劇(サイコドラマ)的方法では、心理的葛藤(かっとう)を即興劇として再演することでカタルシスが生じるとされている。精神分析ではカタルシスの治療効果はあまり重視されていないかのようにみえるが、自由連想という治療法も、忘れた過去を思い出すものにほかならないから、カタルシスと無関係とはいえない。とらえがたい感情に言語的形式を与えることで自己洞察がおき、永続的なカタルシスが期待できるからである。
[外林大作・川幡政道]
『今道友信訳注『アリストテレス全集17 詩学』(1972・岩波書店)』▽『松永雄二訳注『プラトン全集1 パイドン』(1975・岩波書店)』▽『内田克孝著『哲学とカタルシス イデアへの論理と直観』(1982・昭和堂)』▽『ジョナサン・フォックス編著、磯田雄二郎監訳、横山太範・磯田雄二郎訳『エッセンシャル・モレノ――自発性、サイコドラマ、そして集団精神療法へ』(2000・金剛出版)』▽『ヨーゼフ・ブロイアー、ジークムント・フロイト著、金関猛訳『ヒステリー研究』上下(ちくま学芸文庫)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…精神療法における催眠,薬物の作用,心理劇,内観等の状況下で生じやすい。さまざまな感情が涙とともに表現され,カタルシスが得られる。解除反応によって意識化された体験や感情は,自我の中に統合され,洞察が生まれることで態度や行動の変容が可能となる。…
… 第1は治療者による受容,尊重,傾聴がもたらす不安・緊張の緩和。さらに,言語および感情表現を自由にさせること(カタルシス,解除反応)。第2には,知的および体験的に自己の誤りや不安のメカニズムに気づくこと(洞察,悟り)。…
※「カタルシス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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