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カルマル同盟 カルマルどうめいKalmar-unionen; Kalmar Union

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

カルマル同盟
カルマルどうめい
Kalmar-unionen; Kalmar Union

1397年スウェーデンカルマルで結ばれたデンマーク,スウェーデン,ノルウェー3国の連合。当時3国の王家はそれぞれ入組んだ密接な姻戚関係にあり,また貴族たちが王家を左右する実力をもっていたが,デンマークの王女マルグレーテはノルウェー王ホーコン6世と結婚し,父,夫,子の死後,両国の女王になり実権をふるった。マルグレーテはスウェーデン王アルベルトに反乱した貴族たちに迎えられて事実上のスウェーデンの支配者となり,97年3国の有力貴族をカルマルに集めて同君連合を結成し,姉の孫ポンメルのエーリックを王とし,みずからは摂政となり事実上の実権を握った。同盟は 1523年グスタフ・バーサ (グスタフ1世 ) を国王に選んだスウェーデンが分離独立して崩壊した。ノルウェー,デンマーク連合は 1814年まで続いた。

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百科事典マイペディアの解説

カルマル同盟【カルマルどうめい】

1397年スウェーデンのカルマルKalmarで成立した北欧3国の同君連合の盟約。デンマーク,ノルウェーの支配者マルグレーテ(女王)がスウェーデン国王を廃し,姉の孫のエリクを3国の王とし,自ら摂政して実権を握ったもの。
→関連項目カルマルクリスティアン[1世]スウェーデンデンマークノルウェー

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世界大百科事典 第2版の解説

カルマルどうめい【カルマル同盟】

中世北欧の同君連合。とくに1389‐1434年のデンマーク,ノルウェー,スウェーデン(フィンランドを含む)3王国間の同君連合をいう。上記の時期以前から,スウェーデン・ノルウェー間で(1319‐43),またデンマーク・ノルウェー間で(1380‐1814)同君連合が成立しており,1389年デンマーク・ノルウェーの摂政マルグレーテ1世がスウェーデンの摂政に選ばれ,スウェーデン王メクレンブルク家のアルブレヒトAlbrecht(1340ころ‐1412)を,スウェーデン貴族の支援をうけてファルヒェーピングFalköpingの戦で捕囚とし,彼女は事実上の3王国の支配者となった。

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世界大百科事典内のカルマル同盟の言及

【スカンジナビア】より

…これに対して中世のデンマーク(今日の南スウェーデンを含んでいた)では,三圃農法を伴う村落共同体が発達し,ドイツの影響もあって封建的騎士制度が成立した。一般にデンマーク,スウェーデン,ノルウェーの同君連合といわれるカルマル同盟は,デンマークの代官によるスウェーデン農民に対する重税・高地代の試みでもあった。だからこそ,エンイェルブレクトの乱(1434‐36)をはじめスウェーデンの独立戦争は農民闘争でもあったのである。…

※「カルマル同盟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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