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キンディー al-Kindī,Ya`qūb ibn Isḥāq

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

キンディー
al-Kindī,Ya`qūb ibn Isḥāq

[生]? 
[没]870頃
9世紀前半に活躍した東方イスラム世界最初のアラブ哲学者ギリシア学芸の輸入が奨励された時代に活躍し,アッバース朝の宮廷に仕えて哲学者として名声を得た。数学をすべての学問の基礎と考え,天文学医学,音楽論,光学,政治学,弁論術などから哲学に及ぶ広範囲にわたる著作二百数十点を著わした。哲学では新プラトン派のギリシア哲学を導入したことで知られ,彼が純粋なアラブであったことから「アラビア人の哲学者」と呼ばれた。また数学,医学,音楽論などに独創的見解を示し,その膨大な著述のいくつかはラテン語に翻訳された。

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百科事典マイペディアの解説

キンディー

アラブの哲学者,科学者。ラテン名アルキンドゥスAlkindus。アラブの最初の哲学者といわれ,新プラトン主義の立場からアリストテレスを研究。数学,占星術,物理学,気象,音楽,医学等の著書があり,光学の研究が重要。

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世界大百科事典 第2版の解説

キンディー【al‐Kindī】

801ころ‐866ころ
ラテン名アルキンドゥスAlkindus。イスラム世界最初の哲学者であり,百科全書的に諸学に通じたイスラム知識人(ハキーム)の典型。またペルシア人やユダヤ人の学者の多い中で,数少ないアラブの大学者であり,それゆえ〈アラブの哲学者〉と呼ばれる。クーファに生まれ,父は同地の総督であった。バスラとバグダードで学び,アッバース朝のカリフ,マームーンとムータシムのもとで新来のギリシア哲学を咀嚼し,それをムータジラ派の合理主義神学と一致させようと努力し,ムタワッキルのとき正統主義神学の反動にあって迫害された。

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大辞林 第三版の解説

キンディー【al-Kindī】

800頃~870頃) イスラム哲学者。アラブ人。イスラムに初めて本格的にギリシャ哲学を移入、新プラトン主義的なアリストテレス哲学に立って、諸学に百科全書的な業績をあげた。著に「知性論」ほかが残存。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

キンディー
きんでぃー
al-Kind
(796ころ―866)

アラブ系の哲学者。バスラ(あるいはクーファ)に生まれる。南アラビアのキンダ人の出身のためにキンディーとよばれ、イスラム哲学史上数少ない純粋のアラブ人であるため「アラブの哲学者」と敬称される。アッバース朝カリフ、アル・マームーンとアル・ムータシムal-Mu'tasim(在位833~842)の庇護(ひご)を得て、ヘレニズム思想の文献のアラビア語翻訳に大きな貢献をした。思想家としては新プラトン主義とアリストテレス哲学の折衷的世界観を有し、のちのイスラム逍遙(しょうよう)派哲学の鼻祖となった。他方、宗教と哲学の調和のために努力した。博学でその著作分野は多岐にわたり、そのいくつかは中世ヨーロッパでラテン語訳された。[松本耿郎]

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世界大百科事典内のキンディーの言及

【アラブ音楽】より

…また,スーフィーは,ジクルと呼ばれる音楽的な儀式を行う。(2)古典的芸術音楽にみられる理論体系と実践 イスラムの征服が東西にのびるとともに各地の音楽を吸収し,ギリシア音楽理論を受け継いだ音楽文化は,アッバース朝になると黄金期を迎え,マウシリー父子,キンディーらのすぐれた音楽家,音楽理論家を輩出した。のち,イスラム文化は沈滞期に入り,その音楽の中心地はトルコへ移った。…

【イスラム】より

… 9世紀のバイト・アルヒクマの建設後,アリストテレスの哲学書は相次いでアラビア語に翻訳された。もとムータジラ派に属したキンディーは,アリストテレス哲学の基礎的概念をより正確に理解しようとして,ムスリム最初の哲学者となった。イスラム哲学の出発点には,新プラトン主義思想によって解釈されたアリストテレス哲学があり,その終点には,イブン・ルシュドを集大成者とする膨大なアリストテレス哲学の注釈書があった。…

【イスラム哲学】より

…このようなかたちでアラビア語に紹介されたアリストテレスの研究が,イスラム世界での哲学研究の主流になった。 初期イスラム哲学界において顕著な活躍をした人はキンディーである。彼はアッバース朝の保護下にギリシア哲学の翻訳研究を指導した。…

【エジプト】より

…これに伴ってイスラム史におけるエジプトの独自な地位を評価しようとする動きが強まり,ファラオの時代をも視野に入れたエジプト年代記が執筆されるようになった。また,キンディーKindī(897‐961)に始まるエジプトの美点(ファダーイル)と地誌(ヒタト)の記述は,マクリージーにより〈エジプト誌〉として集大成された。エジプトに古くから伝わるグノーシス思想はズー・アンヌーンによってイスラム神秘主義の体系化に援用されたが,この時代になるとイスラム神秘主義はさらに土着的な展開を遂げ,タンターのアフマディー教団は聖者アフマド・アルバダウィーの生誕祭をコプト暦によって祝ったという。…

※「キンディー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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