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クディリ朝 クディリちょうKediri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クディリ朝
クディリちょう
Kediri

10世紀初めから 13世紀の初めにかけてジャワ東部に栄えた王朝 (928/9~1222) 。中部ジャワのマタラム王国がこの地に移ったのが始りで,初代の王はシンドク (在位 928/9~947) 。ダルマバンシャ王 (在位 985/9~1006/7) は法典編纂サンスクリット文学の翻訳事業で有名。 1006年スマトラシュリービジャヤ王国に敗れ,国威は衰えたが,エルランガ (在位 19~49) のとき復興。彼の死後ジャンガラとパンジャルーに2分された王国はのちに再統一されたが,クルタジャヤ王のとき国は滅び,シンガサリ朝がこれに代った。叙事詩『アルジュナの結婚』や『バーラタユッダ』などがこの王朝を代表する文学作品。

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世界大百科事典 第2版の解説

クディリちょう【クディリ朝 Kediri】

インドネシアの中部ジャワにあったマタラム朝のシンドク王が,地震または伝染病のため東部ジャワのクディリに移転して建てた王朝。928‐1222年。移転の原因については今なお定説がない。第4代の王ダルマバンシャ(在位991‐1007)の時代がこの王朝の最盛期で,王は法典を編纂させ,サンスクリット文学をジャワ語散文に翻訳ないし翻案させている。そして中国の宋朝にも遣使して友好を深める一方,スマトラのスリウィジャヤに進攻しようとしたが,かえって1006年から翌年にかけて反攻を受け,王は敗死し,首都は破壊された。

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大辞林 第三版の解説

クディリちょう【クディリ朝】

東部ジャワに建てられた王国(928~1222)。第四代の王ダルマバンシャは宋に使節を派遣し、シュリービジャヤと対抗。クルタジャヤ王がケン=アンロックに殺され、滅亡した。

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