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クリュソストモス クリュソストモスChrysostomos, Jōhannēs; Chrysostom, John

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

クリュソストモス
Chrysostomos, Jōhannēs; Chrysostom, John

[生]347頃.アンチオキア
[没]407.9.14. ポントゥス,コマナ
コンスタンチノープルの大司教で,説教家,聖書注釈家,聖人,教会博士。 370年キリスト教の洗礼を受けて修道生活に入り聖書を研究。のちアンチオキアに戻り司教となり (386) ,説教活動に従事。彼の死後その雄弁をたたえてクリュソストモスすなわち「黄金の口の」ヨハネと称された。 398年ネクタリオスの後任としてコンスタンチノープル大司教に就任したが,その改革努力が女帝エウドクシアの怒りを買って流謫された (403) 。いったんは許されたが再び小アジアへ追放 (404) 。聖書注釈家としてはアンチオキア学派の代表的存在で,比喩的解釈よりも著者の言わんとする意味を重視し,歴史的方法を用いるものであった。晩餐を重要視したことから聖餐博士の称号をもつ。『司祭論』『彫像について』などの著書がある。

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百科事典マイペディアの解説

クリュソストモス

ギリシア教父,聖書学者,聖人。コンスタンティノープル主教。名は〈金の口〉の意で,説教の巧みさによる。聖書の比喩的解釈を斥け,字義的解釈を主張した。アレクサンドリア教会との抗争で不当な告発を受け,追放地で没。

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世界大百科事典 第2版の解説

クリュソストモス【Iōannēs Chrysostomos】

347ころ‐407
4世紀の代表的ギリシア教父,聖書解釈学者。シリアアンティオキア生れ。青年期に洗礼を受け,修道士となるが,30代の終りに聖職に就く。神学はもとより,ギリシア哲学の素養も深かった。説教の巧みさからクリュソストモス(〈黄金の口〉の意)の呼び名で知られる(ただしこの呼称は後代のもの)。聖書解釈学者としては,アレクサンドリア学派の比喩的,思弁的解釈を退け,アンティオキア学派の伝統を踏まえて字句通りの解釈を主張した。

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大辞林 第三版の解説

クリュソストモス【Iōannēs Chrysostomos】

347~407) コンスタンティノポリスの主教・神学者。巧みな説教により、後代に「黄金の口」(クリュソストモス)と呼ばれる。アンティオキア学派の伝統に従って字義的解釈を重んじ、説教のかたちで旧新約聖書の釈義を残す。

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世界大百科事典内のクリュソストモスの言及

【テオフィロス】より

…セラピス神殿破壊など,エジプトの異教勢力を精力的に攻撃し,また帝都の司教として急台頭してきたコンスタンティノープル司教座に対抗して,アレクサンドリア大司教座の勢力強化に腐心した。彼が異端として追放したエジプト修道士たちをかくまったコンスタンティノープル司教I.クリュソストモスと争い,反クリュソストモス勢力を結集させ,さらに帝室の支持を得て,403年クリュソストモスを罷免・追放させた。【後藤 篤子】。…

※「クリュソストモス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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