行政学(読み)ぎょうせいがく(英語表記)public administration 英語

精選版 日本国語大辞典 「行政学」の意味・読み・例文・類語

ぎょうせい‐がく ギャウセイ‥【行政学】

〘名〙 行政を対象とする社会科学。行政の変遷、機能等を研究して、一般的法則を発見する学問。
※学生と教養(1936)〈鈴木利貞編〉教養としての社会科学〈蝋山政道〉七「行政学の場合においても、その最も困難とする課題は〈略〉行政に固有の法則が認められるや否や」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「行政学」の意味・読み・例文・類語

ぎょうせい‐がく〔ギヤウセイ‐〕【行政学】

行政を研究対象とする社会科学の一分野。行政の実態を調査・分析して、その一般的な法則、合理的かつ効率的な運営、現行制度改善の方策などを研究する。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「行政学」の意味・わかりやすい解説

行政学
ぎょうせいがく
public administration 英語
science administrative フランス語
Verwaltungslehre ドイツ語

行政学は行政現象を対象とする現実的社会科学であるが、その対象とする行政をどう理解するかによって、その学問の内包と外延は相当程度の変差を示す。このことは、行政を「統治過程における階統制組織(=官僚制)の集団作業である」とする定義西尾勝(まさる)(1938―2022))と、「本来的および擬制的公共事務の管理および実施」とする定義(手島孝(てしまたかし)(1933― ))を比較してみれば明らかであろう。それはともかく、行政現象についての法規範的解釈学ないし規範科学としての行政法学区別された行政学の歴史的起源を16世紀後半から18世紀末までのドイツ・オーストリアに発達した官房学に求める見解もあるが、それは絶対君主のための統治術を研究することを目的としたもので、今日の行政理論とは異質の政策学であった。ただ、この官房学と19世紀中葉以降のドイツ公法学の過渡期にたつといわれるローレンツ・フォン・シュタインの行政学は、近代市民社会が内包する矛盾についての深い理解(政治的運動と社会的運動の区別と関連の洞察)およびそれと結び付いた近代国家の憲政と行政の二方向的優越関係の定式化において、現代行政学の先駆として位置づけられている。

田口富久治

アメリカ行政学の歴史と現状

大陸型の行政法学と区別された新興科学としての現代行政学は、20世紀への転換点以降のアメリカ合衆国において発生し、確立し、発展した。その歴史は通説的には、W・ウィルソンの『行政の研究』(1887)、F・グッドノーの『政治と行政』(1900)によって定礎された。それは科学的管理法の影響などを受けて、行政を一つの技術的過程としてとらえ「能率と節約」の原理を重視する技術的行政学ないし管理論的行政学を確立した。この学派の最初のテキスト・ブックはL・D・ホワイトの『行政研究入門』(1926)とウィロビーWilliam Franklin Willoughby(1867―1960)の『行政原理』(1927)である。その最盛期はギューリックLuther Halsey Gulick(1892―1993)らの『管理論集』(1937)とブラウンロー委員会報告書(1937)の刊行および後者勧告による大統領府の設立(1939)に求められる。そして1940年代に入って、このような管理論的行政学を批判し、政治と行政の融合面・連続性に注目し行政の社会的機能の重要性を強調する機能論的行政学の台頭がみられた。管理論的行政学のたてた諸原理を単なる諺(ことわざ)であると批判し、行政=管理行動を一連の意思決定過程としてとらえ、それに社会心理学的接近を試みるハーバート・サイモン(主著『管理行動』1945)の学派が形成された。アメリカの行政学はこのような管理論的行政学派と機能論的行政学派の対抗=分裂として描かれてきた。

 しかし近年では、このようなアメリカ行政学史の理解には批判が生じている。それによれば、アメリカ行政学の系譜には、「政治・行政分断論」から「行政管理論」「政治・行政融合論」へと展開してゆく行政理論の系統と、「科学的管理法」から「古典的組織理論」「新古典的組織理論」(=人間関係学派)、そして「現代組織理論」(H・サイモン)へという組織理論の系統とがあり、両者は当初別個に誕生しながら、「古典的組織理論」「新古典的組織理論」と「行政管理論」の時代には密接不可分のものとして結合し、現在はふたたび相互に分離しているという見方が示される。このような見方にたてば、今日の行政学の課題は、第一の系統の行政官僚制を取り巻く環境条件に関する行政理論と、第二の系統である開放系の組織観にたち、組織内現象への権力概念の導入を試みている現代組織理論(行政官僚制の構造的・機能的特質究明のためのこのような組織理論の適用)との有機的結合を図ることに求められるであろう。ともあれ、現実のアメリカ行政学においては、組織理論の系統からの組織ヒューマニズム論、政治=行政理論の系統からの新行政学派the new public administration、行政への経済学的、なかんずくミクロ経済学的接近を試みる新政治経済学派、それ自体にさまざまなアプローチを含む公共政策分析などの多様な潮流が輩出しており、そのためかえって行政学の同一性の危機が論じられている。

[田口富久治]

日本の行政学

1882年(明治15)から明治憲法の制定前後まで東京大学の政治学科に「行政学」の科目が置かれ、ラートゲンKarl Rathgen(1855―1921)が担当したが、その内容は官房学の焼き直しにすぎなかった。その後ドイツ公法学の影響を受けた行政法学の全盛時代が続くが、1921年(大正10)に東京・京都の両帝国大学に行政学講座が設置され、蝋山政道(ろうやままさみち)と田村徳治(とくじ)(1886―1958)がそれぞれ初代の担当者となった。両者の学風は、前者が経験主義的・管理論的であるのに対し、後者は理想主義的色彩の濃いものであった。

 他方、1921年「東京市政調査会」が設立され、同年と翌年のC・A・ビアードの来日と相まって、日本の都市行政学の発展に寄与した。第二次世界大戦後、1950年(昭和25)には「日本行政学会」が設立され、2009年(平成21)時点で670余の個人会員を有する。なお戦後日本の行政学の到達水準は、編集代表辻清明(きよあき)(1913―1991)『行政学講座』(1976)および西尾勝・村松岐夫(みちお)(1940― )編『講座行政学』(1994~1995)に結実している。

[田口富久治]

『手島孝著『アメリカ行政学』(1964・日本評論社)』『辻清明著『行政学概論 上巻』(1966・東京大学出版会)』『編集代表辻清明『行政学講座1 行政の理論』(1976・東京大学出版会)』『村松岐夫著『行政学講義』新版(1985・青林書院)』『西尾勝著『行政学の基礎概念』(1990・東京大学出版会)』『西尾勝著『行政学』(1993・有斐閣)』『西尾勝・村松岐夫編『講座行政学』全6巻(1994~1995・有斐閣)』『今村都南雄著『行政学の基礎理論』(1997・三嶺書房)』『森田朗編著『行政学の基礎』(1998・岩波書店)』『村松岐夫著『行政学教科書』第2版(2001・有斐閣)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「行政学」の意味・わかりやすい解説

行政学 (ぎょうせいがく)
science of public administration
science administrative[フランス]
Verwaltungslehre[ドイツ]

行政学には広狭二様の意味がある。広義には,政府の行政に関する種々の研究の総称である。この広義の行政学の淵源をもとめるなら,それは17世紀中葉以来神聖ドイツ・ローマ帝国内の各地で発達した官房学である。官房学は,のちの財政学,行政学,行政法学,経済政策学等の母胎であった。だが,官房学は絶対王政時代の君主を補佐する官僚の学問であって,統治ないし支配の概念が立法・司法・行政に分化する以前の学,あるいは統治ないし支配の概念が政治ないし憲政と行政の両概念に分化する以前の学であるから,これをもって現代的な行政学の淵源と呼ぶことは適切でない。次に,行政学とは狭義には,行政が立法・司法に拘束され,あるいは行政が政治ないし憲政の支配を受けるようになって以降の行政に関する社会科学的な研究を意味する。このような現代的な意味での行政学は,19世紀末のアメリカ合衆国に生まれ,第1次大戦後に飛躍的な発展をし,世界各国に普及した。

 では,現代行政学は何故にアメリカ合衆国から生まれたのであろうか。アメリカ合衆国は建国以来近代民主制の国であり,早くから普通平等選挙を実施し,19世紀前半のジェファソニアン・デモクラシーおよびジャクソニアン・デモクラシーを経て,独特のアメリカン・デモクラシーの諸制度を確立していたが,この徹底した民主主義体制のままでは,19世紀後半以降に顕在化した現代国家の諸課題に適切に対応することが困難になっていたのである。アメリカ合衆国が19世紀末から20世紀初頭の時期に直面していた制度改革のなかで,行政学の生成に寄与したものが三つある。第1は,猟官制度を廃し,資格任用制を確立する公務員制度改革である。第2は,市政の腐敗を根絶するための地方自治制度改革である。当時,全国各地の都市で一斉に市政改革運動と総称される多様な運動が展開されていた。市民党といった第三政党を結成して改革派の市長を擁立しようとした運動もあれば,州の憲法,地方自治法,あるいは都市憲章の改正を州議会に働きかけ,州市間関係を抜本的に改革しようとした制度改革運動もあった。また,市政調査会なる調査機関を設立して,市政を客観的・科学的に調査分析し,主として行政技術の側面から改革案を提言していこうとする運動もあった。第3は,軍制改革であった。米西戦争において軍の運用,補給が混乱した体験から,連邦軍と州兵の関係を改革し,また陸軍省に陸軍参謀部と陸軍大学校を設置するといった改革である。これを推進した陸軍長官の名をとってルート改革と呼ばれる。これら三つの制度改革に共通しているのは,執政機関の一元化と官僚制原理の導入である。事実,これらの制度改革にあたっては,大陸系諸国の公務員制,地方自治制,軍制が参照されていた。これらの制度改革はいずれもアメリカン・デモクラシーに修正を加え,民主制と官僚制,あるいは民主性と能率性とを接ぎ木しようとするものであったといえる。

 このような制度改革に政治学の分野から理論的根拠を与えようとしたのが,W.ウィルソンF.グッドナウなどであった。彼らは,政治の領域と行政の領域を区別し,現代国家における行政の重要性を強調した。そして,行政の領域では,政治の論理から自由に,専門知識にもとづく行政の論理が貫かれなければならないと説いた。では,行政領域に固有な論理,技術とは何か。これに手がかりを与えたのが科学的管理法であった。当時,アメリカの産業界では,資本と経営の分離,経営の組織と管理の技術の合理化が進められていた。これがテーラー・システム以来の科学的管理法である。そこで,ニューヨーク市政調査会を中心に,各地の市政調査会は民間企業に導入されはじめていた科学的管理法の発想と技法を自治体の財務管理,人事管理,組織管理に応用しようとした。この種の試みは,1910年にタフト大統領が設置した〈能率と節約に関する委員会〉によって連邦レベルでもおこなわれた。以来,アメリカ行政学は,科学的管理法から発展した経営理論,組織理論,管理理論の系譜と密接な交流をもつものとなった。ヨーロッパ諸国の行政を模範として出発したアメリカ行政学はやがて,自国の企業経営を模範とするようになり,純粋に自国産の学問に発展していった。

 ヨーロッパ諸国も現代国家の諸課題への対応をせまられていた点ではアメリカ合衆国と異ならない。ただヨーロッパ諸国においては,程度の差こそあれ,絶対王政時代から立憲君主制時代にかけて軍制と官僚制とを整え,近代民主制下でもかなりの程度これを維持しつづけていたので,現代民主制下の諸課題に対応していくことも比較的容易であった。そのためにかえって,ヨーロッパ諸国では現代行政学の生成がおくれたのである。だが,アメリカにおいて発達した行政学は,ヨーロッパ諸国にとっても,現代民主制下の行政の特質を認識し,その改革方策を模索していくうえに有効なものであると認められ,今日ではこれが各国において摂取されるにいたっている。

 近代の政治学は,選挙,政党,議会など,国民が政治に参加し,あるいは世論が議会に代表され,ここで政策が決定されていく過程の考察をその主要課題とし,政策を実施する行政過程は立法機関の意思をただ忠実に執行するにすぎない,機械的で面白味もなく,重要性に乏しい過程とみて,これに関する研究を軽視してきたが,現代民主制下の政治を研究するためには,行政過程に関する考察を加えることが不可欠になったのである。ただ,現代の行政学がすでに一個の学問として分化独立していくにたりるだけの方法論と体系性を備えているとはいえないであろう。行政学の一部は政策学に傾斜し,一部は管理学になり,一部は制度学の伝統を継承するといった姿になっている。その意味では,行政学はいぜんとして行政に関する諸学の総称にすぎないのかもしれない。

 ここで,日本における行政学の歴史にふれておくならば,1882年から90年にいたる間に,当時の東京大学に行政学の講座がおかれていた。この講義を担当していたのは,御雇教師ラートゲンKarl Rathgen(1855-1921)であって,その内容は官房学の伝統に立つドイツ流の行政学であった。1889年に帝国憲法が制定され,これに続いて公法典が整えられるにともない,90年には東京大学のカリキュラムに大改正が加えられた。この時以降,行政学講座は廃止され,これに代わって行政法学の講義が拡充された。日本の大学において,行政学講座があらためて設置されたのは,1921年以降である。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「行政学」の意味・わかりやすい解説

行政学
ぎょうせいがく

公権力を背景として広く社会的価値 (資源) の配分にあたる行政過程の構造と機能を分析する学問分野。今日一般に行政学と称せられている理論系は,多かれ少なかれ,おもにアメリカ合衆国において 19世紀末葉から急速に発達した行政理論の影響下に形成されたものである。そのためアメリカ行政学の動向を反映して,ともすると政治と行政の関係に重点をおいた研究と行政組織の内部管理の研究とに分化する傾向が見受けられる。しかし,行政学が行政過程の権力的契機と技術的契機との融合化に分析の焦点をおくかぎり,いずれか一方に偏するべきではない。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の行政学の言及

【社会科学】より

…心理学も自然科学と社会科学にまたがる広大な学問で,前者に属する部門のほうが後者に属する部門よりもずっと大きく,そして後者は社会心理学になるからこれを社会学に含めて考えることができる。経営学,行政学,教育学などは,それぞれ企業,官庁,教育組織という特定領域の問題を専攻する領域学で,学問分野としては経済学や政治学や社会学や心理学に還元される(経営経済学,経営社会学,経営心理学等々)。宗教学や言語学や芸術学などは,社会学,心理学に還元される部分(宗教社会学,宗教心理学等々)以外は,人文学に属するものと考えておきたい。…

※「行政学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android