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ケラー Keller

翻訳|Keller

ブランド用語集の解説

ケラー

ケラーとはブランド論の第一人者Kevin Lane Kellerのことをいう。ダートマス大学経営大学院教授。主要著書に「戦略的・ブランドマネジメント」がある。

出典 (株)日本ブランド戦略研究所ブランド用語集について 情報

デジタル大辞泉の解説

ケラー(Gottfried Keller)

[1819~1890]スイスのドイツ系小説家。19世紀ドイツ写実主義文学の代表者。小説「緑のハインリヒ」、短編集「ゼルトビラの人々」など。

ケラー(Helen Adams Keller)

[1880~1968]米国の教育家・社会福祉事業家。2歳のときに盲聾唖となるが、三重苦を克服して大学を卒業。世界各地を歴訪身体障害者の教育・福祉に尽くした。著「私の生涯」など。ヘレン=ケラー。

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百科事典マイペディアの解説

ケラー

スイスのドイツ語作家。絵画や劇作を試みて成功せず,小説に転じた。故郷チューリヒの州政府で公務についた10年を間にはさんで,短編集《ゼルトウィーラの人々》など多くの作品があるが,フォイエルバハの思想に影響を受けた市民的ヒューマニズムと健康なユーモアを基調とする。
→関連項目教養小説写実主義

ケラー

米国の女性社会福祉事業家。生後19ヵ月で盲聾唖(もうろうあ)となったが,アン・サリバン〔1866-1936〕の献身的指導を受け,1904年ハーバード大学を卒業。

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世界大百科事典 第2版の解説

ケラー【Gottfried Keller】

1819‐90
スイスのドイツ語作家。チューリヒのろくろ職人の息子として生まれたが,5歳の時父を事故で失い,以後妹と共に母の手ひとつで育てられる。小学校を出て実業学校へ進んだが,1834年にささいな事件で退学処分を受け,それから画家になろうと修業を始めた。40年から2年間ミュンヘンに留学したが,結局十分な成果が得られず失意のうちに帰郷し,画業は諦め文学の道に進む。この波乱に富んだ生い立ちは,後に,母への感謝と悔恨の気持をこめて,自伝的長編小説《緑のハインリヒDer grüne Heinrich》(1854‐55)にまとめられた。

ケラー【Helen Adams Keller】

1880‐1968
アメリカの女流著述家,社会事業家。アラバマ生れ。2歳時の疾病によって盲,ろう,啞の三重障害者となったが,家庭教師であるアン・サリバンAnne Sullivan Macy(1866‐1936)の献身的努力と本人の不屈の自立精神で障害を克服。パーキンス盲学校を経て,ラドクリフ女子大学を1904年に優等で卒業。その後,アメリカ,ヨーロッパ,アジアに講演旅行。それによって集まった基金を,盲その他の障害者の訓練・教育事業のために投じた。

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大辞林 第三版の解説

ケラー【Keller】

〔Gottfried K.〕 (1819~1890) スイスのドイツ系作家。自伝的小説「緑のハインリッヒ」は、教養小説の傑作。
〔Helen Adams K.〕 (1880~1968) アメリカの社会福祉事業家。生後一九か月で盲聾啞となり、サリバン女史の教育を受ける。身体障害者の福祉事業に尽力、世界各地で講演。日本にも数度訪れる。ヘレン=ケラー。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケラー
Keller, Ferdinand

[生]1800.12.24. スイス,マルタレン
[没]1881.6.21. チューリヒ
スイスの考古学者。湖上住居の組織的発掘調査に着手し,スイスをはじめとし,ヨーロッパの類似遺跡を研究した。

ケラー
Keller, Gottfried

[生]1819.7.19. チューリヒ
[没]1890.7.15. チューリヒ
スイスの小説家。画家を志して挫折,文学に転じた。ハイデルベルク大学で聞いたフォイエルバハの哲学講義から決定的影響を受け,現世的人間主義の立場に立ち鋭い現実感覚とユーモアの融合した詩的リアリズムの傑作を生み出した。自伝的色彩の濃い小説『緑のハインリヒ』 Der grüne Heinrich (1853~55,改稿 79~80) は特に有名で,ドイツ教養小説の代表作の一つ。ほかに短編集『ゼルトウィーラの人々』 Die Leute von Seldwyla (2部,56,73~74) ,『七つの伝説』 Sieben Legenden (72) ,『チューリヒ小説』 Züricher Novellen (78) ,『寓意詩物語』 Das Sinngedicht (81) ,小説『マルチン・ザランダー』 Martin Salander (86) ,『詩集』 Gesammelte Gedichte (83) 。

ケラー
Keller, Helen

[生]1880.6.27. アラバマ,タスカンビア
[没]1968.6.1. コネティカット,ウェストポート
アメリカ合衆国の女性教育家。フルネーム Helen Adams Keller。生後 19ヵ月でかかった重病(猩紅熱とみられる)のため視力と聴力を失い,そのためことばを話すことができなくなった。6歳のとき両親がケラーの教育についてアレグザンダー・G.ベルに相談したのが機縁でアン・サリバンが教育にあたることになった。サリバン自身も当時は視力を幾分回復はしていたが,一時期失明状態を経験しており,ボストンのパーキンズ盲学校の卒業生で,当時 20歳であった。サリバンは 1887年3月に教育を開始し,1ヵ月たたないうちにケラーにことばを教えた。サリバンのたゆまぬ指導と,ボストンのホーレス・マン聾学校,ニューヨークのライト・ヒューメーソン聾学校での教育の成果により,ケラーは読み書き話すことのほか,普通の学科にも習熟した。1900年にはラドクリフ・カレッジに入学,1904年優等で卒業した。サリバンの教師としての能力はケラーの才能に劣らぬ驚くべきものであった。サリバンは 1936年に死ぬまで献身的な伴侶として尽くした。ケラーはその後国内外で講演旅行を重ねるなど盲聾唖者の福祉のために尽力し,1937,1948,1955年に訪日した。『私の半生記』The Story of My Life(1903),『暗黒の中から』Out of the Dark(1913),『私の宗教』My Religion(1927),『入信のすすめ』Let Us Have Faith(1940)など多くの著作がある。

ケラー
Keller, Wilhelm

[生]1909
[没]1987
スイスの哲学者。チューリヒ大学教授。主著"Psychologie und Philosophie des Wollens" (1954) ,"Das Problem der Willensfreiheit" (65) 。

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世界大百科事典内のケラーの言及

【リッチモンド】より

…ボルティモアの慈善組織化協会に事務員として勤務する中で社会事業に興味をもち,協会が行っていた友愛訪問が,道徳的基準によって対象をふるいわけている方法に疑問を感じ,科学的処遇技術としてのソーシャル・ケースワーク(個別的処遇技術)を体系化した。リッチモンドのケースワーク論は,家庭教師アン・サリバンAnne Sulliven Macyが障害児ヘレン・ケラーに対して行った社会環境を利用して人格の発展を図る教育方法に学んだところから環境決定論的といわれ,心理主義的な立場にたつケースワーク論に対比される。代表的な著書に《社会診断》(1917)および,《ソーシャル・ケースワークとは何か》(1922)がある。…

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