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身体障害者 シンタイショウガイシャ

大辞林 第三版の解説

しんたいしょうがいしゃ【身体障害者】

身体に障害のある者。身障者。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

身体障害者
しんたいしょうがいしゃ

先天的あるいは後天的な何らかの理由で、身体機能に制約または欠損があることにより、日常生活や社会生活を送るうえで制約や不便を被る人のこと。1949年(昭和24)に公布された身体障害者福祉法では、「別表に掲げる身体上の障害がある18歳以上の者であつて、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう」(第4条)として、「視覚」「聴覚または平衡機能」「音声機能、言語機能またはそしゃく機能」「肢体不自由」「心臓、腎臓(じんぞう)または呼吸器の機能の障害その他政令で定める障害」の「永続的な障害」を、限定的にあげている。
 2006年12月に国連が採択した「障害者の権利に関する条約」では、「障害が、発展する概念であり、並びに障害者と障害者に対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、障害者が他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずる」として、「障害」の概念がいわば形勢途上であること、単に身体に何らかの制約または欠損があることばかりではなく、「障害者に対する態度及び環境による障壁」が、障害者たらしめているということを前文でうたっている。[日比野正己・森すぐる]

身体障害者の認定

身体障害者福祉法別表では、身体障害者手帳交付に該当する障害として次のように定めている。
〔1〕次に掲げる視覚障害で、永続するもの。(1)両眼の視力(万国式試視力表によって測ったものをいい、屈折異常がある者については、矯正視力について測ったものをいう。以下同じ)がそれぞれ0.1以下のもの。(2)一眼の視力が0.02以下、他眼の視力が0.6以下のもの。(3)両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの。(4)両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの。
〔2〕次に掲げる聴覚または平衡機能の障害で、永続するもの。(1)両耳の聴力レベルがそれぞれ70デシベル以上のもの。(2)一耳の聴力レベルが90デシベル以上、他耳の聴力レベルが50デシベル以上のもの。(3)両耳による普通話声の最良の語音明瞭(めいりょう)度が50%以下のもの。(4)平衡機能の著しい障害。
〔3〕次に掲げる音声機能、言語機能またはそしゃく機能の障害。(1)音声機能、言語機能またはそしゃく機能の喪失。(2)音声機能、言語機能またはそしゃく機能の著しい障害で、永続するもの。
〔4〕次に掲げる肢体不自由。(1)一上肢、一下肢または体幹の機能の著しい障害で、永続するもの。(2)一上肢の親指を指骨間関節以上で欠くもの、または人差し指を含めて一上肢の二指以上をそれぞれ第一指骨間関節以上で欠くもの。(3)一下肢をリスフラン関節(足根中足関節)以上で欠くもの。(4)両下肢のすべての指を欠くもの。(5)一上肢の親指の機能の著しい障害または人差し指を含めて一上肢の三指以上の機能の著しい障害で、永続するもの。(6)前の(1)~(5)までに掲げるもののほか、その程度が前の(1)~(5)までに掲げる障害の程度以上であると認められる障害。
〔5〕心臓、腎臓または呼吸器の機能の障害その他政令で定める障害で、永続し、かつ、日常生活が著しい制限を受ける程度であると認められるもの。
 なお、18歳未満の身体障害児については、児童福祉法が適用される。児童を含めて「身体障害児・者」ということもある。
 日本の身体障害者手帳制度は、その人がどのような身体状況にあるかという旧来の「医学モデル」に基づいて、障害者の範囲が限定的に定められており、たとえば医学的状況によって増加している内部障害のある人に対する認定や、難病による苦痛や不便さをかかえている人に対しては、そのニーズに十分に応えられていないという批判がある。[日比野正己・森すぐる]

身体障害者の状況

厚生労働省の『平成18年身体障害児・者実態調査報告書』(2008)によれば、2006年(平成18)7月現在の身体障害者(在宅)の総数は約348万人、身体障害児(在宅)の総数は約9万人と推計されている。身体障害者数は、前回調査(2001年6月)から7.3%増加しており、全体の63.5%が65歳以上である。障害の種類別に身体障害者をみると、肢体不自由176万人(50.5%)、内部障害107万人(30.7%)、聴覚・言語障害34万人(9.8%)、視覚障害3万人(8.9%)である。年次別の推移をみると、1951年(昭和26)には51万人、1965年に104万人、1980年に197万人、1991年に272万人、2001年324万人と、年々、身体障害者の人数は増加している。障害の原因別では、交通事故や労働災害等の事故が34万人(9.8%)、疾患が72万人(20.7%)、出生時の損傷等が8万人(2.3%)などとなっている。なお、法律で定める「身体障害」の範囲は、身体障害者手帳の交付など具体的な施策とかかわるため限定的であり、実際の身体障害者数は統計に表れた数字よりはるかに多いとされている。[日比野正己・森すぐる]

障害者の社会参加と福祉のまちづくり

「障害者基本法」では第3条「基本的理念」において、「すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有するものとする」「すべて障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる機会を与えられるものとする」と定めている。このように、障害者の社会参加は障害者の尊厳と権利を保障するものとして最大限の尊重が図られるべきものである。
 日本における障害者の社会参加を求める活動は、「福祉のまちづくり」運動として1970年(昭和45)前後から取り組まれてきた。この取組みは、おもに車いすを利用している障害者と支援する学生らによって仙台市で始まったといわれる。とくに1973年は、障害者にとって記念すべき年となった。たとえば金沢市では、重度障害者の「私も外へ出たい」という切実な願いをもとに、全国障害者問題研究会全国大会が開催され、「障害者のまちづくりをどうすすめるのか」という分科会が新設された。仙台市では福祉のまちづくりを目ざした初の全国的な「車いす市民交流集会」が開かれ、以後隔年に開催されることになった。また、厚生省(現在の厚生労働省)は「身体障害者福祉モデル都市」事業を開始し、その後の一連の「福祉のまちづくり事業」の先駆けとなった。さらにヨーロッパを車いすで単独旅行した石坂直行(なおゆき)(筋ジストロフィー症)の名著『ヨーロッパ 車いすひとり旅』が出版され、大きな感動を与えた。
 1974年には、こうした先駆的実践もふまえて「福祉のまちづくりの思想」が日比野正己(ひびのまさみ)(1948― )によって提起された。それは、(1)福祉のまちづくりとは障害者の人間としての諸権利を総合的に保障すること、(2)障害者を「鏡」にして改善することが「みんなの住みよいまちづくり」につながる、(3)差別や偏見をなくすための社会の改善、という視点である。こうした思想が障害者の社会参加、つまり福祉のまちづくりを進めていくために活用された。[日比野正己・森すぐる]

障害者の社会参加とバリアフリー化

障害者の社会参加を求める取組みは、世界的にも20世紀なかばから進められてきた。アメリカでは、1963年「建築障害除去法」が制定され、連邦政府に対して庁舎の建築などにあたって障害者のアクセスを円滑にする設計を行うように義務づけた。また、1970年代には「自立生活運動」が、カリフォルニア大学に通う身体障害者らを中心に始まった。これは、自分で行うと相当な時間がかかる食事や着替えに介助者を使い、そのことによって生み出した時間で社会生活に参加していくことが「自立」であるという考え方に基づき、常時介助を必要とする重度障害者が地域で生活を営めるよう、自分達で具体的なサービス供給のシステムをつくり、制度などの改革などを求める活動である。
 国連では、1974年に障害者生活環境専門家会議が、各国の障害者に配慮した設計基準等を紹介し、「障害者は、一般の人々が利用する建物や公共交通機関を利用する権利をもちまた住居を選択する権利をもっている」ことを初めとする結論と勧告をまとめた報告書「BARRIER-FREE DESIGN」を刊行した。また、1975年には「障害者の権利宣言」を採択し、1981年を「国際障害者年」として各国が「完全参加と平等」に取り組むこととした。
 1990年には「障害をもつアメリカ人法」(ADA)が制定され、公的機関のみならず、民間企業についても、障害者であることを理由にして不利益な取扱いをしたり、サービス提供が受けられない状態を放置することが禁止された。
 日本では、1990年代に「少子・高齢化」が大きな課題として認識されるようになり、それとともに「福祉のまちづくり」が焦眉(しょうび)の課題になってきた。1970年代に重度障害者が「福祉のまちづくりは、みんなのまちづくり」と先駆的に訴えてきたが、当時は「少数者のため」としか理解されなかった。しかし、いまでは高齢者を含む「みんなのためのまちづくり」に変化してきた。高齢化が急速に進む日本では、福祉のまちづくりが最重要課題になりつつあり、学際的な「福祉のまちづくり研究会」も1997年(平成9)に発足した(現在は「日本福祉のまちづくり学会」として発展している)。
 1994年には、不特定多数が利用する建築物に対して、エレベーターの設置等のバリアフリー化を義務づけた「ハートビル法(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)」が制定された。また、この法律と前後して、都道府県、区市町村で「福祉のまちづくり条例」が制定された。
 2000年には、鉄道やバスなどの公共交通機関の施設や車両に関して「交通バリアフリー法(高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)」が制定され、一定規模以上の駅施設へのエレベーター・エスカレーターの設置やノンステップバスの導入が進むこととなった。
 2006年には、前述の二つの法律(「ハートビル法」「交通バリアフリー法」)が「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新法)」として統合され、公共施設等の建築物、街路、公共交通機関を一体的・計画的にバリアフリー化する仕組みが整えられた。これらの法律では、基礎的自治体が、住民、公共交通機関、道路管理者等をとりまとめた協議会をつくり、旅客施設、官公庁施設、福祉施設その他の高齢者、障害者等が生活上利用する施設の所在する一定の地区を重点整備地区として指定することで、街のバリアフリー化、すなわち「福祉のまちづくり」を進めていくこととしている。
 福祉のまちづくりの重要性からもいえるが、障害者の社会参加とは、就学・就労はもとより、スポーツ・レクリエーションなどの余暇・文化的活動にまで及ばなくてはならない。福祉先進国ではすでに当然のことになっている。[日比野正己・森すぐる]

人間観

人間はだれでも全面介護の「赤ちゃん」として生まれ、子供・青年・大人になるが、ときにはけがをしたり病になり、心の悩みも抱えることもある。そして「高齢者」になり死を迎える。「障害者」の対概念は「健常者」であるが、現実には「常に健康な者」は存在しない。つまり、どんな人生も、一人歩きができない「人間」に始まり、高齢という「人間」で終わる。つまり人間は「障害」とともに生きている。こうした人間観が大事であろう。
 いまや、1970年代始めに提起された石坂らの先駆的な「障害者観」や「福祉のまちづくりの思想」を共有する時代となりつつある。そして「障害者」という偏見と差別を招きやすい「ことば」がなくなる社会こそ、障害者の社会参加を可能とするだろう。それは人類未体験の「超高齢社会」を迎える日本の重要な課題である。[日比野正己・森すぐる]
『石坂直行著『ヨーロッパ 車いすひとり旅』(1973・日本放送出版協会) ▽日比野正己著『福祉のまちづくり』(1978・水曜社) ▽日比野正己著『福祉のまちづくり研究』(1997・HM研究所発行、ドメス出版発売) ▽総理府編『障害者白書』(大蔵省印刷局発行) ▽日比野正己編『図解 バリア・フリー百科』(1999・TBSブリタニカ) ▽石坂直行著『福祉のまちづくり関連の先駆的文献シリーズ2 石坂直行旅行・福祉著作集――障害者の海外旅行・福祉文化・福祉のまちづくりの情報』(2000・HM研究所) ▽長崎バリア・フリー研究会編著『ユニバーサルデザイン・ノート』(2006・長崎県福祉保健部社会福祉課) ▽長瀬修・東俊裕・川島聡編『障害者の権利条約と日本――概要と展望』(2008・生活書院)』

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