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コギト cogito

翻訳|cogito

大辞林 第三版の解説

コギト【cogito】

〔「私は思考する」の意〕
人間の思考作用を指す。デカルトが絶対に確実な第一原理として以来、近代哲学の中心問題となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

コギト【cogito[ラテン]】

コギトはもともと〈考える〉とか〈意識する〉という意味のラテン語cogitareの一人称単数形にすぎないが,今日ではむしろ〈自己意識〉を含意し,精神や自我の本質を自己意識に見ようとする立場と結びつけて語られる。かつてデカルトが《方法叙説》(1637)の中で,絶対不可疑の真理を発見すべく,まずあらゆるものを疑ってみるという〈方法的懐疑〉から出発し,その結果〈そう考えている私は何ものかでなければならぬ〉として〈われ思う,ゆえにわれ在りJe pense,donc je suis〉の命題に到達し,これを〈哲学の第一原理〉と呼んだことに由来する(コギト・エルゴ・スムcogito,ergo sumはその命題のラテン語訳)。

コギト

文芸同人雑誌。1932年3月~44年9月。通巻146号。編集兼発行人は肥下恒夫(ひげつねお)。保田与重郎(やすだよじゆうろう),田中克己(かつみ),肥下,伊藤佐喜雄伊東静雄,小高根(おだかね)二郎,中島栄次郎らがおもな同人。大阪高校出身者が主体。ほかに《四季》《日本浪曼派》同人も寄稿した。誌名は,デカルトの〈コギト・エルゴ・スム(我思う,故に我在り)〉から採り,その高踏的な姿勢を示している。創刊号の〈編集後記〉で,保田は,〈私らは`コギト’を愛する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コギト
こぎと

文芸同人雑誌。1932年(昭和7)3月創刊。44年9月廃刊。通巻146号。編集兼発行人は肥下恒夫(ひげつねお)で、同人に保田与重郎(やすだよじゅうろう)、田中克己(かつみ)、中島栄次郎、伊東静雄、伊藤佐喜雄(さきお)、蔵原(くらはら)伸二郎らがいた。誌名は、デカルトの「cogito(コギト), ergo(エルゴ) sum(スム)」(われ思う、故(ゆえ)にわれ在(あ)り)に由来する。満州事変後のロマン主義的気運のなかで、いち早く創刊された高踏的な同人雑誌で、ドイツ・ロマン派とくにシュレーゲル、ヘルダーリンの影響が強く、詩精神の高揚をうたい、日本の古典を顕彰した。保田の「戴冠(たいかん)詩人の御一人者」「和泉(いずみ)式部家集私鈔(ししょう)」などのエッセイ、伊東の「わがひとに与ふる哀歌」その他の詩が掲載され、また、同誌に載った保田執筆の『「日本浪曼(ろうまん)派」広告』は大きな反響をよんだ。[大久保典夫]

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世界大百科事典内のコギトの言及

【意識】より

… 意識という語のとくに近代的な意味は上述の(2)にあると考えられるが,その確立はデカルトとともに始まったと言ってよい(彼は多くはコギタティオcogitatioという語を使ったが)。彼が精神を〈考えるもの(レス・コギタンス)〉と規定したとき,そのコギトとは自己意識にほかならなかったからである。意識という語で,さめた心の状態や意図的な何かを意味する今日のわれわれの用法も,そこに通ずるであろう。…

【表象】より

… ところが,近代に入ってsubjectumとobjectumの意味が逆転するのに対応して,repraesentatioの意味にもあるズレが生ずる。たとえばデカルトのもとではあらゆる基体のなかでももっとも卓越した基体subjectumである〈われ思う(コギト)〉の対象,つまりこの〈われ〉によって〈思われるものcogitatum〉だけが真の存在者とみなされる。いいかえれば,主観subjectumとしての〈われ〉が“おのれの前に据えなおしsich vorstelle”,その対象objectumとして“おのれの前に再現前化se représenter”したものだけが真の存在者たりうるのである。…

※「コギト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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