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コルディエ Cordier, Henri

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コルディエ
Cordier, Henri

[生]1849.8.8. ニューオーリンズ
[没]1925.3.16. パリ
フランスの東洋学者。商社員として上海に渡り,東洋学を修め,1881年パリの東洋語学校に出講。 90年雑誌『通報』T'oung Paoの主幹。そのほか各種の分野で活躍。編著書"Bibliotheca Sinica" (1881~85) ,"Histoire générale de la Chine" (4巻,1920~21) 。

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デジタル大辞泉の解説

コルディエ(Henri Cordier)

[1849~1925]フランスの東洋学者。書誌学東西交渉史などの研究で知られる。著「支那書誌」「日本書誌」など。

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百科事典マイペディアの解説

コルディエ

フランスの東洋学者。1869年渡清,上海の王立アジア学会北シナ図書館長となり,1871年帰国。パリ東洋語学校教授となる。書誌学,中国とヨーロッパ諸国の外交史に精通,1890年スフレーヘルと雑誌《通報(ツンパオ)》を刊行した。
→関連項目ペリオユール

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世界大百科事典 第2版の解説

コルディエ【Henri Cordier】

1849‐1925
フランスの東洋学者。20代の長期中国滞在ののち1881年にパリ東洋語学校講師から教授(1888),学士院会員(1908)に進む。西洋の極東関係文献に通じ,《中国書誌》《日本書誌》《インドシナ書誌》のほか,マルコ・ポーロなどの中世旅行家の著作研究,東西交渉史研究にも多数の著書論文があり,また1890年以来,極東研究の専門学術誌《通報T’oung Pao》を編集刊行した功績は大きい。【川勝 義雄】

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大辞林 第三版の解説

コルディエ【Henri Cordier】

1849~1925) フランスの東洋学者。東西交渉史・書誌学に造詣深く、「支那書志」「日本書志」などを著す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コルディエ
こるでぃえ
Henri Cordier
(1849―1925)

フランスの東洋学者。商社員として中国に滞在し、パリに帰って東洋語学校、およびパリ大学で教授し、学士院会員となる。文献学に優れ、『支那(しな)書誌』の大著を編纂(へんさん)したほか、フランス外務省の文書を利用して、中国の国際関係についての研究、ユールの訳著した2書、『マルコ・ポーロ旅行記』および『支那東達記』の改訂増補(ともに英文)、さらに古代から清(しん)末に至るまで、外交関係を含めた『支那通史』などを著し、学界に裨益(ひえき)するところが大きかった。またオランダの書肆(しょし)ブリルを発行所とする全ヨーロッパ的な東洋研究雑誌『通報』T'oung Paoの創刊と維持に尽力したが、この雑誌は1890年より現今まで継続し、高い学術的評価を受けている。[宮崎市定]

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367日誕生日大事典の解説

コルディエ

生年月日:1849年8月8日
フランスの東洋学者
1925年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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