アイヌの口碑伝承に先住民として出てくる〈蕗の下の人〉という意味の小柄な人々(〈蕗で拭いた屋根の下に住む人々〉との解釈もある)。すでに江戸時代末から日本の先住民の候補としてその名が取りざたされていたが,明治時代に入り,J.ミルンがコロボックルを日本の先住民であるとし,次いで渡瀬庄三郎が《人類学会報告》第1号(1886)で,札幌近郊の竪穴はコロボックルの住居だと発表し,坪井正五郎も同号で,日本の先住民である蝦夷はアイヌに限らないとして渡瀬に賛意を示した。アイヌを先住民と考える白井光太郎は,これらを論拠不足として厳しく批判し,後に小金井良精(よしきよ)らも加わってアイヌ・コロボックル論争と呼ばれる激しい論争を繰り広げた。この中で坪井が主張したコロボックル説は,E.S.モースのプレ・アイヌ説(日本にはかつてプレ・アイヌと呼ぶべき先住民がおり,それが後にアイヌと置換し,そしてそのアイヌがさらに日本人と置換した,とする考え)を引き継いだものともされるが,坪井は自身でも調査したアイヌの伝承などを基に,かつて北海道や内地には土器,石器を作りながら竪穴住居に住む小柄なエスキモーに似た人々(コロボックル)がいたが,後来のアイヌもしくは日本人に追われて姿を消した,と主張した。しかし,やがて鳥居竜蔵による北千島列島の調査によって,アイヌも最近まで土器や石器を作り,竪穴住居にも住んでいた事実が明らかにされてこの説は主たる論拠を失い,1913年に坪井正五郎がロシアのペテルスブルグで客死してからは急速に廃れた。
執筆者:中橋 孝博
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