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渡瀬庄三郎 わたせ しょうざぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

渡瀬庄三郎 わたせ-しょうざぶろう

1862-1929 明治-昭和時代前期の動物学者。
文久2年11月11日生まれ。アメリカ,ドイツに留学。明治34年東京帝大教授。渡瀬線(屋久島種子島(たねがしま)と奄美(あまみ)大島間の生物分布境界線)を発見し,天然記念物の保護,ハブ退治のためのマングース移入などにも功績をのこす。昭和4年3月8日死去。68歳。江戸出身。札幌農学校卒。

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百科事典マイペディアの解説

渡瀬庄三郎【わたせしょうざぶろう】

動物学者。江戸に生まれ,札幌農学校卒業。渡米してジョンズ・ホプキンズ大学に学び,シカゴ大学教授となる。帰国後東大教授として,細胞学・組織学を講義。頭足類の発生,生物発光などの研究のほか沖縄へのマングース移入,シロアリの調査,養狐業の指導など応用面にも尽力

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世界大百科事典 第2版の解説

わたせしょうざぶろう【渡瀬庄三郎】

1862‐1929(文久2‐昭和4)
動物学者。江戸の生れ。東京英語学校卒業後,1880年札幌農学校に入学,84年卒業とともに東京大学動物学科選科に入学,86年7月修了。その年アメリカに渡り,ジョンズ・ホプキンズ大学へ留学,学位を取得。その後クラーク大学講師,シカゴ大学客員教授を歴任。98年帰国とともに東京大学動物学科の講師に迎えられ,翌年教授となる。研究分野は,ドイツ,キール大学留学中にW.フレミングから指導を受けた細胞学,屋久島,種子島と奄美大島間の動物分布の違いを発見(渡瀬線とよばれる)した動物地理学など多方面にわたっている。

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大辞林 第三版の解説

わたせしょうざぶろう【渡瀬庄三郎】

1862~1929) 動物学者。江戸の人。節足動物の視覚器の比較形態学に業績を残し、発光生物の研究にも力を注いだ。一方、生物地理学の発展に尽力し、吐噶喇とから海峡の生物地理学的境界線である渡瀬線にその名を残す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

渡瀬庄三郎
わたせしょうざぶろう
(1862―1929)

動物学者。江戸に生まれ、東京英語学校、東京大学予備門を経て1880年(明治13)札幌農学校入学、1884年の卒業後は東京大学動物学科撰科(せんか)生となる。1886年、ジョンズ・ホプキンズ大学に留学し、1890年に博士号を取得。以後クラーク大学講師、シカゴ大学教授として細胞学、比較組織学を研究した。1899年帰国して東京帝国大学動物学科講師、1901年同教授となって1924年(大正13)まで務め、発光動物(ホタル、ホタルイカ)を研究するとともに、生態学、動物地理学にも関心を示し、渡瀬線(屋久島(やくしま)・種子島(たねがしま)と奄美(あまみ)大島間の生物分布境界線)を発見した。また、史跡名勝天然記念物調査会委員として固有動物の保護に努める一方、ハブ除去のためのマングース移入(1910)、食用ガエルの移植(1918)、キツネ養殖の指導、捕鯨法の歴史学的研究など、応用動物学方面でも活躍した。[磯野直秀]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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