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コンスタンティーヌ コンスタンティーヌ Constantine

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コンスタンティーヌ
コンスタンティーヌ
Constantine

アラビア語でクサンティナ Qusantina,同通称ブラドエルハワ Blad El-Hawa。アルジェリア北東部の行政,商業の中心都市。同名県の県都。アナバ南西約 110kmに位置する。内陸交通の要衝で,南西側以外を深い峡谷で囲まれ,ダイヤモンドの形をした高さ 650mの岩の上に立地した天然の要害。

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デジタル大辞泉の解説

コンスタンティーヌ(Constantine)

アルジェリア北東部の都市。アラビア語クサンティーナ地中海沿岸から約90キロメートル内陸のテルアトラス山脈北麓に位置する。同国第三の規模をもつ。古代カルタゴ人が建設した植民都市に起源する。古代ローマ時代に北アフリカ属州の戦争で被害を受けたが、コンスタンティヌス1世により再建され、名称の由来となった。古代ローマ、東ローマ帝国時代の城壁や凱旋門、オスマン帝国時代のイスラム寺院フランス植民地時代の街並みなどが残っている。独立後、工業都市として発展した。

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百科事典マイペディアの解説

コンスタンティーヌ

アルジェリア北東部,地中海岸に近い都市。アラビア語でクサンティーナ。アトラス山脈の北麓にあり,農産物取引の中心地。製粉,セメント自動車鉄道車両農機具などの工業が行われる

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世界大百科事典 第2版の解説

コンスタンティーヌ【Constantine】

アルジェリア東部の古い歴史をもつ中心都市で,同名県の県都。アラビア語でクサンティーナQusanṭīna。人口44万1000(1987),アルジェオランに次ぐ第3の都市である。地中海岸より90km内陸のテル・アトラス山脈中にあり,標高600m。ルメル川の深い峡谷に面し,市街地の直下200mの断崖は壮観である。 古代,カルタゴにより都市が建設され,キルタCirtaと呼ばれた。ローマ時代にも植民都市となり,311年戦争で廃虚となったが,コンスタンティヌス1世により再建されたので現在の地名がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

コンスタンティーヌ
こんすたんてぃーぬ
Constantine

北アフリカ、アルジェリア北東部の都市。コンスタンティーヌ県の県都。アラビア語ではクサンティーナQacentina。人口46万2187(1998)で同国第3位の都市である。地中海岸から約90キロメートル内陸、アトラス山脈中の標高600メートルに位置する。ルメル川の深い峡谷に面し、市街地の直下に切り立つ高さ200メートルの断崖(だんがい)は壮観である。地中海沿岸とアトラス高原および遊牧地域との結節点で、古くから農産物の交易地であった。古代にカルタゴの植民都市が建設されキルタCirtaとよばれた。ローマ時代には311年に戦争で廃墟(はいきょ)となったが、コンスタンティヌス大帝が再建した。市名はこれに由来する。その後近世のオスマン帝国統治下に至るまで、この地方の主要都市として栄えた。ローマ、ビザンティン時代の水道、城壁、凱旋(がいせん)門、古いモスクなどが残されている。フランス植民地時代、メディナ(アラブ人市街地)の周辺にヨーロッパ風市街地がつくられた。独立戦争中の1958年フランスのドゴール大統領は、当地で「コンスタンティーヌ計画」として知られるアルジェリア経済再建計画を発表した。1962年の独立後工業化が進み、繊維、食品、機械、セメント、皮革などの工業が立地し、総合大学も設置された。近年周辺農村からの人口流入が続き、住宅不足が深刻である。アルジェとチュニジアのチュニスを結ぶ鉄道、道路の結節点であり、国際空港もある。[藤井宏志]

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