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サイパン島の戦い サイパンとうのたたかい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

サイパン島の戦い
サイパンとうのたたかい

太平洋戦争中の 1944年6月 15日,アメリカ軍が日本の委任統治領であったサイパン島に来攻し,7月6日に日本守備隊の残存兵力が「玉砕」攻撃を行なって壊滅するまでの離島戦闘。アメリカ軍上陸時,サイパン島には第 43師団を中心とする2万 8518人の陸軍部隊と,1万 5164人の海軍部隊があり,在島邦人も約2万人が残っていた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

サイパン島の戦い
さいぱんとうのたたかい

太平洋戦争の末期、マリアナ諸島のサイパン島をめぐって戦われた日米両軍の攻防戦。緒戦の守勢から反攻に転じたアメリカ軍は、ニューギニア方面および中部太平洋方面から日本本土を目ざし、1944年(昭和19)6月15日には中部太平洋のサイパン島に上陸した。これに対し、日本海軍機動部隊は艦隊決戦を求めてアメリカ海軍に対する反撃を試みたが、19~20日のマリアナ沖海戦で大敗し、以後、アメリカ軍が完全に制海・制空権を掌握した状況の下で地上戦闘が展開される。上陸した約7万のアメリカ軍に対しては、第四三師団を基幹とする約3万の日本軍守備隊が激烈な抵抗を行ったが、防御陣地の不備とも相まって、海、空からの支援を受けたアメリカ軍によってしだいに圧倒され、7月7日には最後の総攻撃を実施して全滅した。同島の占領によってアメリカ軍は有力な航空基地を確保し、同年末からはB-29による本格的な日本本土空襲が開始されることになった。[吉田 裕]

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