南雲忠一(読み)なぐもちゅういち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

南雲忠一
なぐもちゅういち

[生]1887.3.25. 山形
[没]1944.7.6. サイパン島
海軍軍人。 1908年海軍兵学校,20年海軍大学校卒業。 39年中将。第8戦隊司令官,水雷学校校長,40年海軍大学校校長など歴任後,41年に第1航空艦隊長官となり,同年真珠湾奇襲の機動部隊指揮官。 42年のミッドウェー海戦後,第3艦隊長官となり,南太平洋海戦で勝利を得たあと,佐世保,呉鎮守府長官などを経て,44年にサイパン島に司令部をおく中部太平洋艦隊長官に就任。アメリカ軍が上陸すると,日本軍の最後の攻撃の前日,自決した (→サイパン島の戦い ) 。死後,大将。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

南雲忠一 なぐも-ちゅういち

1887-1944 明治-昭和時代前期の軍人。
明治20年3月25日生まれ。昭和16年12月8日,第一航空艦隊司令長官として機動部隊をひきい真珠湾攻撃を指揮した。17年6月ミッドウェー海戦で敗れる。19年中部太平洋方面艦隊司令長官となり,7月8日サイパン島で自決。58歳。死後海軍大将にすすむ。山形県出身。海軍大学校卒。
【格言など】今や止まるも死,進むも死(「サイパン島守備兵に与うる訓示」)

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大辞林 第三版の解説

なぐもちゅういち【南雲忠一】

1887~1944) 海軍軍人。山形県の生まれ。1941年(昭和16)、第一航空艦隊長官として真珠湾攻撃を指揮。ミッドウェー海戦で敗れ、のちサイパン島で戦死。死後、大将。

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