フランス北部,パリ北東方約150kmに位置するベルマンドア地方エーヌ県の主要都市。人口6万2000(1990)。ローマ期に起源をもつ都市で,3世紀に当地で殉教したといわれる聖人の名にちなむ。中世初期から巡礼の中心となり,12世紀にはコミューンが形成された。中世以来繁栄した羊毛工業に加えて,機械製造などの工業があり,サン・カンタン運河によって南・北と結びつけられている。
執筆者:森本 芳樹
サン・カンタン修道院教会(13~15世紀)は二重翼廊(トランセプト)を備えた広大なゴシック建築である。中央軸の礼拝堂にマリア伝を表す13世紀のステンド・グラスが残る。地下聖堂にはカロリング朝の舗床モザイク(環の組合せ等)やガロ・ロマンの円柱をくりぬいて作った墓が見られる。アントアーヌ・レキュイエ美術館には,当市出身のパステル画家ラ・トゥールMaurice Quentin de La Tour(1704-88)による肖像画が多数展示されている。
執筆者:五十嵐 ミドリ
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
フランス北部、エーヌ県の都市。人口5万9066(1999)。パリ北東161キロメートル、ソンム川とナポレオン1世時代に完成したサン・カンタン運河に臨む。道路、鉄道、水路網の要衝にあるため古くから繊維工業が発達し、機械、電気、化学などの近代工業がこれに加わった。ゴシック建築の大僧院教会(13~15世紀)は、二つの翼廊が二重の側廊によって分かれ、後陣回廊の外を五つの礼拝堂が囲むなど、建築構造上特異なことで有名。画家ラ・トゥールの生地で、当地に美術学校を創設し、彼のパステル画のコレクションを所蔵する美術館がある。3世紀の殉教者聖カンタンの墓所があり、巡礼地としても知られる。1557年スペインに占領され、第一次世界大戦中はドイツの占領下にあった。
[高橋伸夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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