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シェストフ シェストフ Shestov, Leon

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シェストフ
シェストフ
Shestov, Leon

[生]1866.1.31. キエフ
[没]1938.11.20. パリ
ロシアの哲学者,批評家。本名 Lev Isakorich Schwarzmann。ロシア革命後,パリに住み,1920年ソルボンヌ大学ロシア研究所教授。理性主義に反対し,最初,神秘主義 (特にプロチノスの影響を受けた) から出発し,のちニーチェドストエフスキーの影響を強く受け,神秘主義的実存哲学の立場から不安の哲学を説いた。

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デジタル大辞泉の解説

シェストフ(Lev Shestov)

[1866~1938]ロシアの思想家。本名、レフ=イサコビッチ=シュワルツマン(Lev Isaakovich Shvartsman)。革命後、フランスに亡命。非合理的、虚無的思想により、不安の哲学として第一次大戦後に迎えられた。著「シェークスピアとその批評家ブランデス」「悲劇の哲学」など。

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百科事典マイペディアの解説

シェストフ

ロシア生れの哲学者,批評家。本名はLev Isakovich Schwarzmann。革命後パリに亡命,パリ大学ロシア研究所教授となる。ドストエフスキー,ニーチェの影響を受け,〈理性と良識〉の支配する日常的合理主義を批判し,その底に潜む〈虚無と不安〉の悲劇的生の現実をえぐり,第1次大戦後の〈不安の文学,不安の哲学〉の先駆として知られる。
→関連項目河上徹太郎

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世界大百科事典 第2版の解説

シェストフ【Lev Shestov】

1866‐1938
ロシアの哲学者。フランス語の著書ではLeo Chestovと署名した。本名シュバルツマンLev Isaakovich Shvartsman。キエフのユダヤ人繊維企業主の家庭に生まれる。モスクワ大学法学部卒業後,キエフで家業を助けつつ文筆に携わり,しばしば外国へ赴く。初期の著作に《トルストイとニーチェの教義における善》(1900),《ドストエフスキーとニーチェ,悲劇の哲学》(1901),《無根の神化》(1905)などがある。

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大辞林 第三版の解説

シェストフ【Lev Shestov】

1866~1938) ロシアの思想家。ロシア革命後フランスに亡命。理性の全能に対する実存の絶望的な抵抗を表現して、両大戦間の不安の時代にもてはやされた。著「悲劇の哲学」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シェストフ
しぇすとふ
Лев Исакович Шестов Lev Isakovich Shestov
(1866―1938)

ロシアの哲学者、文芸評論家。本名レフ・イサコビッチ・シワルツマン。キエフのユダヤ系豪商の家に生まれ、キエフ、モスクワベルリンで法律学を修める。革命後亡命してベルリンとパリに住んだ。1898年に発表した『シェークスピアとその批評家ブランデス』は大胆な独断で注目を集め、『ドストエフスキーとニーチェ(悲劇の哲学)』(1903)、チェーホフ論『虚無よりの創造』(1908)、その他の作家論・哲学者論であらゆる合理主義に対立、真理は理性を超えるとし、実存主義に通ずる絶望の哲学を展開した。これらは1890年代以降ロシアで高まってきた反写実主義の傾向に合致し、象徴派によって愛読された。亡命後も書き続け、第一次世界大戦後の世界に不安の哲学として迎えられた。日本では1934年(昭和9)に刊行された『悲劇の哲学』が発端となり、知識人の間に一時激しい流行をみた。ほかに『トルストイとニーチェの教義における善』(1900)、『ドストエフスキーとトルストイ』(1923)、『手かせをはめられたパルメニデス』(1930)、『キルケゴールと実存哲学』(1936)などがある。[沢崎洋子]
『河上徹太郎訳『虚無よりの創造 他二篇』(角川文庫)』

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世界大百科事典内のシェストフの言及

【ドストエフスキー】より

… ドストエフスキーが日本の知識層の間に広く深く浸透したのは昭和初期,プロレタリア文学運動が圧殺され,一般に知識青年が社会のうちに望ましい自己発揮の場を得られなくなっていった時代である。このとき,シェストフの《悲劇の哲学》(河上徹太郎訳,1934)が示した,絶望した理想家,自虐的反問者としてのドストエフスキーの像は,青年たちの強い共感をよんだ。小林秀雄がドストエフスキーの人物たちにもっぱら〈意識の魔〉ばかりを見たのも,彼の批評活動の出発がこの閉塞の時代であったことと無関係ではない。…

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