バタイユ(読み)ばたいゆ(英語表記)Henry Bataille

デジタル大辞泉 「バタイユ」の意味・読み・例文・類語

バタイユ(Georges Bataille)

[1897~1962]フランス思想家小説家無神論の立場から人間の至高の在り方を追求、第二次大戦前後から神秘的傾向を深め現代文明への根元的批判を展開した。著「無神学大全」「眼球譚」など。

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精選版 日本国語大辞典 「バタイユ」の意味・読み・例文・類語

バタイユ

  1. [ 一 ] ( Henry Bataille アンリ━ ) フランスの劇作家。社会生活の中での愛や情熱の危機を描いて、第一次世界大戦前に活躍。代表作「ママン・コリブリ」。(一八七二‐一九二二
  2. [ 二 ] ( Georges Bataille ジョルジュ━ ) フランスの思想家。死とエロティシズムを中心テーマに、多面にわたる探究を行なった。一時シュールレアリスム運動に参加、一九四六年以降は評論誌「批評」を編集。著「無神学大全」「眼球譚」など。(一八九七‐一九六二

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百科事典マイペディア 「バタイユ」の意味・わかりやすい解説

バタイユ

フランスの思想家,小説家。農民の子に生まれ,聖職者を志すがのち徹底した無神論に転ずる。古文書学校を卒業,終生図書館に勤務。ニーチェを耽読し,シュルレアリスムに接近,ポルノグラフィー《眼球譚》(1928年)などを書くが,離反して1929年《ドキュマン》誌をレリスらと刊行。廃刊後,反スターリン・グループの《社会学批評》にモースの贈与論に示唆された〈消費の概念〉などを書く。1935年《反撃》誌を創刊して反ファシズム活動を展開するが,1936年カイヨアクロソウスキーらと〈社会学研究会〉を結成,秘密結社〈アセフィル〉と連動しつつ〈聖なるもの〉を実践的に探究,小説《マダム・エドワルダ》(1937年)などを書く。第2次大戦下に《無神学大全》(《有罪者》《内的体験》《ニーチェについて》の三部作)を執筆,ヘーゲルを代表とする西洋理性の哲学を非=知,好運への意志,笑いといった観点から批判し,またブランショと深く交友する。戦後は1946年書評誌《クリティック》を創刊,文学批評を書くほか,〈過剰な太陽エネルギーの贈与〉を消費することを重視する普遍経済学を展開した《呪われた部分》(1949年),死とエロティシズムが生の限界体験であるとした《エロティシズム》(1957年)を著し,また小説《C神父》(1950年),《空の青》(1957年),絵画論,ラスコー壁画論を書く。後の思想家にも多大な影響を与え,〈今世紀最大の著作家〉(フーコー)と讃される。
→関連項目岡本太郎サドシェストフベンヤミンポトラッチボードリヤールマッソン

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「バタイユ」の意味・わかりやすい解説

バタイユ(Georges Bataille)
ばたいゆ
Georges Bataille
(1897―1962)

フランスの思想家、作家。9月10日、ピュイ・ド・ドーム県ビヨンに生まれる。1922年パリの古文書学校を卒業。思春期から20代初めまで熱烈なカトリック信者だったが、突如信仰を失ってのち、生涯一貫して無神論の立場から人間の至高のあり方を探究して苦闘ともいえる思索を続けた。早くからマルセル・モースの著作などを通じて社会学・人類学に関心を抱き、精神分析の治療を受け、マルクス、ヘーゲル、ニーチェを耽読(たんどく)したことが、その思想に濃い影を落としている。シュルレアリスムにも一時接近するが長続きしなかった。1936年、カイヨワ、レーリス、クロソウスキーらの友人と社会学研究会を設立、第二次世界大戦前後からヨーガの修練に励み、しだいに神秘的傾向を深める。戦後の1946年、人文科学の総合書評誌『クリティック』誌を創刊する。

 彼の著作は、哲学、社会学、経済学、芸術論、小説、詩、文芸批評など多岐にわたるが、そこで交錯する「死」「エロティシズム」「禁止」「侵犯」「過剰」「消費」「贈与」「聖なるもの」といった主題はすべて、至高性という中心テーマに収斂(しゅうれん)する。至高性探究の記録の書たる三部作『無神学大全』(1943~1945)、一般経済学の構築を目ざした『呪(のろ)われた部分』(1949)、凄絶(せいぜつ)な死とエロティシズムの小説『眼球譚(たん)』(1928)、『マダム・エドワルダ』(1941)、『空の青』(1957)、それを理論面から扱った『エロティシズム』(1957)、芸術起源論『ラスコー、あるいは芸術の誕生』(1955)、文芸評論集『文学と悪』(1957)などがある。1962年7月8日没。

[横張 誠 2015年5月19日]

『生田耕作他訳『ジョルジュ・バタイユ著作集』全15巻(1969~1975・二見書房)』


バタイユ(Henry Bataille)
ばたいゆ
Henry Bataille
(1872―1922)

フランスの劇作家。ニームに生まれる。初め画家か詩人を志したが、友人との共作の戯曲『眠れる森の美女』(1894)が契機となり2、3の習作を経て、息子の友人と恋愛する母親の情欲と母性愛との葛藤(かっとう)を描いた『ママン・コリブリ』Maman Colibri(1904)が出世作となる。ついで『結婚行進曲』Marche nuptiale(1905)でやはり皮相な恋愛に失敗し自殺する女性像を描き、『狂える処女』(1910)とあわせ三部作を完成した。しかし、第一次世界大戦直前の『蛾(が)』(1913)などに対し批評家から自然の詩味を欠く「腐った芝居」と極印を打たれ、三部作の最初の二作を代表作として、戦後まもなく没した。

[本庄桂輔]

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改訂新版 世界大百科事典 「バタイユ」の意味・わかりやすい解説

バタイユ
Georges Bataille
生没年:1897-1962

フランスの思想家,小説家,詩人。中部フランスのビヨンに生まれる。最初聖職を志したが,思春期を境に徹底した無神論者に転向。古文書学校を卒業後,パリ,ビブリオテーク・ナシヨナル(国立図書館)に勤務,晩年はオルレアン図書館長。一時シュルレアリスムにひかれたが,やがてその指導者A.ブルトンとはげしく衝突,1929年離反派を糾合して,《ドキュマン》誌を拠点に,独自の思想運動を推進した。37年にはM.レリス,P.クロソウスキー,R.カイヨアらと〈コレージュ・ド・ソシオロジー(社会学研究会)〉を組織。46年には,書評中心の総合誌《クリティック(批評)》を創刊,終生その編集長を務めた。私生活面では,国家公務員の職を破綻なく務め上げる反面,《眼球譚》(1928),《マダム・エドワルダ》(1941)をはじめとする数々の非合法ポルノグラフィーを世に送り出し,エロティシズムを中心に据えた大胆・斬新な世界観を築き上げ,20世紀後半,とりわけ第2次大戦後の文学・思想のみならず,風俗にまでも大きな影響を及ぼした。苦痛と歓喜,エロティックな陶酔と神なき法悦境の陶酔が一つに結びつく,〈両極端の一致〉という逆説的な考え方にバタイユの思想は貫かれており,小説,詩,評論,美術批評,経済学,社会科学などなど,百科全書的領域にまたがる諸著作はすべて,彼の思想体系の断片的一翼と見ることもできる。70年代初頭からの評価の高まりは,〈20世紀における最も重要な著述家の一人〉(M. フーコー)との語に要約されている。

 主要著作は上記のほかに,《詩への憎悪》(1947,後に《不可能なもの》と改題),《C神父》(1950),《空の青》(1957),《死者》(1964),《わが母》(1966。以上小説),《太陽肛門》(1931),《供犠》(1936),《内的体験》(1943),《有罪者》(1944),《ニーチェについて》(1945),《呪われた部分》(1949),《エロティシズム》(1957),《文学と悪》(1957。以上評論)などがある。
執筆者:


バタイユ
Nicolas Bataille

14世紀フランスのタピスリー織師。生没年不詳。1373-1400年ころパリで工房を主宰し,国王の宮廷のために多くのタピスリー(現存せず)を織り上げたことが知られている。代表作は王弟アンジュー公ルイのために1373年ころから制作した《アンジェの黙示録》(アンジェ城付属美術館)で,下絵にない植物や文様を織地に加えるなど独自の工夫を凝らし,織りの技術も精巧をきわめている。様式的な類似から《9人の勇士》(ニューヨーク,クロイスターズ)も彼の工房の制作とみなされている。
執筆者:

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「バタイユ」の意味・わかりやすい解説

バタイユ
Bataille, Georges

[生]1897.9.10. ピュイドドーム,ビヨン
[没]1962.7.9. パリ
フランスの思想家,小説家。古文書学校卒業後,国立図書館司書となる。 1946年総合書評誌『クリチック』 Critiqueを創刊し,死ぬまでその編集にあたった。シュルレアリスム,特にそのエロティシズム,魔術,形而上学の面での影響を受け,無神論的神秘主義を展開した。主著,『内的体験』L'Expérience intérieure (43) をはじめとする評論3部作『無神学大全』 Somme athéologique,『呪われた部分』 La Part maudite (48) ,『エロティシズム』L'Érotisme (57) ,『文学と悪』 La Littérature et le Mal (57) ,『エロスの涙』 Les Larmes d'Éros (61) ,小説『C神父』L'Abbé C (50) ,『空の青』 Le Bleu du ciel (57) 。

バタイユ
Bataille, (Félix) Henry

[生]1872.4.4. ニーム
[没]1922.3.2. マルメゾン
フランスの劇作家,詩人。恋愛心理を扱った戯曲『ママン・コリブリ』 Maman Colibri (1904) ,『結婚行進曲』 La Marche nuptiale (05) ,『裸婦』 La Femme nue (08) のほか,詩集『白い部屋』 La Chambre blanche (1895) など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「バタイユ」の解説

バタイユ Bataille, Nicolas

1926-2008 フランスの演出家。
1926年5月14日生まれ。1950年イヨネスコの「禿(はげ)の女歌手」の初演を演出,出演。昭和42年(1967)パリのユシェット座をひきいて初来日し,「禿の女歌手」「授業」を上演。以後再三来日し,日本の俳優をつかった「15の未来派の作品」(紀伊国屋演劇賞)などを演出。1971年寺山修司の「花札伝綺」をパリで上演した。2008年10月28日死去。82歳。パリ出身。

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世界大百科事典(旧版)内のバタイユの言及

【エロティシズム】より

…愛が性の感情的側面であるとすれば,エロティシズムは性の感覚的側面といえるかもしれない。G.バタイユによれば,〈エロティシズムと単なる性的活動とを区別するところのものは,生殖や子供への配慮につながる自然の目的とは独立した,一つの心理学的な探求〉である。人間はそれぞれ,個体として相互に非連続の存在であるが,ただ死においてのみ,いっさいの個別性が消滅し,大きな連続性のなかに解き放たれる。…

【タピスリー】より

…アンジェ城付属美術館)で,これはまた現存するもっとも大規模な作品でもある。シャルル5世の宮廷画家ボンドルJ.Bondolのカルトンをもとに,パリの織師ニコラ・バタイユが王弟アンジュー公ルイの注文により制作したもので,7枚の横長の図柄(1枚は約5m×約20m)を100近い区割りにし,《ヨハネの黙示録》を表す(現存するのは約70場面)。赤地のものと青地のものを交互に配し,ハッチングの技法を縦横に用いて,国際ゴシック様式の時代の絵画をみごとに織物に移し変えている。…

※「バタイユ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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