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シェワルナゼ シェワルナゼ Shevardnadze,Eduard Amvrosievich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シェワルナゼ
シェワルナゼ
Shevardnadze,Eduard Amvrosievich

[生]1928.1.25. グルジア,ママチ
グルジア出身の政治家。 1948年グルジア共産党入党。 1959年クタイシ教育大学卒業。 1948年からコムソモール活動に従事。 1953~56年クタイシ市コムソモール委員会第一書記。 1957~61年グルジア・コムソモール中央委員会第一書記。

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デジタル大辞泉の解説

シェワルナゼ(Eduard Amvrosievich Shevardnadze)

[1928~2014]ジョージア(グルジア)・ソ連の政治家。グルジア共産党第一書記などを経て、1985年にソ連ゴルバチョフ政権下で外務大臣に就任。米国との冷戦終結やドイツ統一などの推進に貢献した。ソ連崩壊後はグルジア共和国の第2代大統領を務めた。在任1995~2003。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シェワルナゼ
しぇわるなぜ
Едуард Амвросиевич Щеварднадзе Eduard Amvrosievich Shchevardnadze
(1928―2014)

ジョージア(グルジア)の政治家。1948年ジョージア共産党入党。1959年にクタイシ教育大学卒業後、ジョージア・コムソモール(共産青年同盟)と党活動に従事。1965年からジョージア共和国内務相、1972年同共和国党第一書記。1976年ソ連共産党中央委員、1978年政治局員候補とクレムリンの階段をかけ昇り、1985年7月書記長の任にあったゴルバチョフの抜擢(ばってき)により政治局員兼外相に就任した。ペレストロイカの重要な一翼を担ったが、保守派との妥協をみせ始めたゴルバチョフと袂(たもと)を分かち、1990年7月政治局員を辞任、1991年1月には外相も辞任した。同年8月の保守派クーデターでは、クーデター首謀者らに徹底抗戦の構えをみせた。ソ連が消滅し、独立国家共同体(CIS)創設後の1992年3月、ジョージア国家評議会議長に就任、同年10月国民投票によって最高会議議長に選出された。1995年11月、初の大統領選挙で当選。2000年4月の大統領選挙では再選を果たした。2003年11月、議会選挙の結果から政局が混乱、野党勢力に国会議事堂を占拠され、非常事態宣言を発令したが、軍の一部が野党に合流、同月23日大統領を辞任した。[編集部]

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