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シャルコー シャルコー Charcot, Jean-Martin

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャルコー
シャルコー
Charcot, Jean-Martin

[生]1825.11.29. パリ
[没]1893.8.16. ニエーブル,ラックデセトン
フランスの神経病学者。 1860~93年,パリ大学病理解剖学教授。 62年からサルペトリエール病院にも勤務し,82年,新設の神経病学教室の教授となった。同病院でヒステリーおよび催眠術を神経科学の立場から研究し,ヒステリーの症候を明確にした。

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百科事典マイペディアの解説

シャルコー

フランスの医学者。サルペトリエール病院,パリ医科大学の教授として,神経病学の領域に多くの業績を残した。特に脊髄癆(ろう)の電撃性疼痛(とうつう),脊髄癆性関節症〈シャルコー関節〉,筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症シャルコー病〉などの脊髄疾患の研究で知られる。
→関連項目ジャネフロイト

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世界大百科事典 第2版の解説

シャルコー【Jean Martin Charcot】

1825‐93
フランスの神経病学者。はじめ画家を志したが,のちに医学に進み,パリ大学を卒業後,1862年サルペトリエール病院で慢性疾患,老人病,神経疾患の研究に従事。72年パリ大学病理解剖学教授となり,のち82年にサルペトリエール病院神経病学教授となり,神経病学や臨床精神医学の分野を中心に活躍した。多くの神経病を記載し,神経性筋萎縮症は現在でもシャルコー=マリー=トゥース病と呼ばれ,筋萎縮性側索硬化症はフランスでは〈シャルコー病〉と呼ばれる

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シャルコー
しゃるこー
Jean Martin Charcot
(1825―1893)

フランスの神経病学者。パリに生まれ、1853年パリ大学卒業。その後、病院に勤務し、1872年パリ医科大学病理解剖学教授となる。1882年シャルコーのために新設されたサルペトリエール病院の神経病科教授となった。多くの研究論文を発表したが、1872年刊行の『サルペトリエール神経系統疾患講義集』がもっとも有名で、そのなかで、脊髄癆(せきずいろう)の病変像を明らかにし、その電撃性疼痛(とうつう)や関節痛を記載したり、脊髄癆性進行性筋萎縮(いしゅく)と筋萎縮性側索硬化症を鑑別し、振戦麻痺(しんせんまひ)と多発性硬化症とを区別した。また、ヒステリーについても重要な研究を行い、さらに、肝臓、腎臓(じんぞう)、胆管の疾患についても貴重な論文を発表した。なお、探検家シャルコーJean Baptiste tienne Auguste Charcot(1867―1936)は彼の息子で、1910年南極半島西方に発見した島を、父にちなんでシャルコー島と命名した。[大鳥蘭三郎]

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世界大百科事典内のシャルコーの言及

【シャルコー=マリー=トゥース病】より

…1886年フランスのJ.M.シャルコーとマリーP.Marie(1853‐1940),ついで同年イギリスのトゥースH.H.Tooth(1856‐1926)によって報告された慢性進行性筋萎縮症で,優性遺伝型,伴性劣性遺伝型,および孤発例が存在する。原因として髄鞘構成関連タンパク質の遺伝子異常がいくつか判明している。…

【ヒステリー】より

…子宮説に対して脳に問題があるとはじめてみなしたのは,ルポアC.Lepois(1618)であり,情緒因子が一次的だと考えたのはブローディB.C.Brodie(1837)である。しかし,ヒステリーに対してはじめて根拠のある理論を提出したのは,J.M.シャルコー(1887),P.ジャネ(1889),J.ブロイアー(1895),S.フロイト(1895)である。そして彼らのなかで,心理的要因をもっとも重視したのは,ブロイアーとフロイトであり,二人の共著になる《ヒステリー研究》も刊行されている。…

【フロイト】より

…85年,神経病理学の講師の資格を取得。85‐86年,約5ヵ月間,パリの高名な神経病学者J.M.シャルコーのもとに留学。そこではヒステリーの問題に関心を寄せる。…

【三浦謹之助】より

…東大卒。E.vonベルツの助手となったのち,欧米に留学,パリでJ.M.シャルコーにつき神経病学を学ぶ。1895年東大教授(当初第2講座,のち第1講座)となり,1924年までその地位にあって,青山胤通,入沢達吉とともに従前の外人教師による指導から独立して,日本人による医学教育・内科学の確立に努力した。…

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