シュメール人(読み)シュメールじん(英語表記)Sumer

翻訳|Sumer

旺文社世界史事典 三訂版「シュメール人」の解説

シュメール人
シュメールじん
Sumer

メソポタミア文明を生んだ南部のシュメール地方の住民。スメル人ともいう
言語の系統は不明。前3000年ごろから,独立した都市国家群による初期王朝時代を現出国王は最高神官を兼ねた。これらの都市国家の中からウルクウル(ウル第1王朝)が覇権を握り,やがてラガシュが台頭した。前2350年ごろ,アッカド人が侵入してその統治を受けた。アッカド朝が衰えるとシュメールが復興,ウル第3王朝(前2113 (ごろ) 〜前2006 (ごろ) )がメソポタミアを統一した。前2000年ごろからエラム人・アムル人の侵入を受け衰退,セム化されて消滅。文化的には,楔形 (くさびがた) 文字・治水技術・金属文化・宗教・社会形態などがのちの民族に伝えられた。

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世界大百科事典 第2版「シュメール人」の解説

シュメールじん【シュメール人 Sumerians】

メソポタミア南部に世界最古の古代文明を築いた民族。シュメール人はメソポタミアの原住民ではなく,おそらく前3500年前後に来住したと考えられる。原住地,来住経路,来住時期,言語系統などは不明で,一般に〈シュメール問題〉と呼ばれる。黒髪で短頭型のアルメノイド人種に属する。ウルク期楔形文字の祖形である古拙文字を発明したのはシュメール人と見なされるが,それに先行するウバイド期の文化がシュメール人に属するかどうかは不明である。

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世界大百科事典内のシュメール人の言及

【ウバイド文化】より

… ウバイド文化はメソポタミア南端に始まって北上し,3期には北メソポタミアでハラフ文化にとって代わる一方,ペルシア湾沿岸にも拡大し,さらにアナトリア,シリア,イラン高原にまで広がった。ウバイド文化を創造した人々がシュメール人であったか否かについては,なお議論があるが,ウバイド期における神殿の継続的発展を評価して,シュメール人の文化と考えるのが妥当であろう。【小野山 節】。…

【メソポタミア】より

…これ以後,前24世紀中葉までメソポタミア最南部でシュメール都市国家時代が続く。なおシュメール語は膠着語系に属し,周辺諸言語とは類縁関係をもたないから,シュメール人の起源については最終的な解答は与えられていない。またウルク期のシュメール文化はユーフラテス流域に急速に伝播し,シリア地方にもウルク期神殿を含む遺跡が見いだされている。…

※「シュメール人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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