翻訳|jacket
ジャケットの意味は大きく二つに分けられる。一つは服装用語としての「ジャケット」であり、他の一つは、たとえばブック・ジャケット、レコード・ジャケットなどのように、広く「被覆物」(おおうもの)を意味する場合である。ここでは服装用語としてのジャケットについて述べる。この意味でのジャケットは「ヒップを覆う長さ、もしくはその前後の丈の短い上着の総称」で、概して長めの上着を意味することの多いコートに対応する語。男女に用いられる。
[石山 彰]
英語のジャケットは、15世紀になってフランス語から導入された。フランス語のジャクjaque(英語のジャックjack)は、もともと中世の男子が鎧(よろい)の下に着用した胴着であると同時に、この語は「百姓」を意味した。彼らがそのような衣服を着ていたからである。英語jacketのもとの語となったフランス語のjaquetteはその指小語である。このように、ジャケットは15世紀後半には、男子用のもっとも一般的な上着で、胴部にぴったりしており、背側に縦ひだを施したり、厚地の絹やビロードなどを用いた豪華なものも少なくなかった。16世紀なかばになると、この種の上着はダブレットdoubletとよぶ胴衣の上に着られるようになり、名称もジャーキンjerkinと呼称された。ジャーキンは17世紀なかばまで着用されたが、18世紀になると男子服はコート型の長上着が一般となり、ジャケット、つまり短い上着は労働者や地方人の常服として残った。
フランス革命で蜂起(ほうき)したサン・キュロットsans-culotteは、元来「キュロット(体にぴったりした半ズボンのことで、当時の貴族の常服であった)をはかない人々」という意味ばかりでなく、長上着を着ずに、長ズボンをはいて短い上着を着た人々をも意味するもので、このことによっても、当時ジャケットは下層社会の男性の着衣を象徴するものだったことがわかる。
このように、男子服の上着はフランス革命後二極に分化し、丈長のコート(長上着)はやがて燕尾(えんび)服やフロックコートとなって近代市民男子服の典型となり、ジャケットは1840年代以後、背広服の成立とともにその上着として用いられる一方、ブレザー、ノーフォーク・ジャケットなど、スポーティーなものに継承されていった。19世紀末には女子服もジャケットを取り入れ、いまでは性別を越えて着用されている。
[石山 彰]
歴史に登場するジャケットの名称や種類は複雑多様であるが、今日の観点からすると大きく次の三つに区分できる。
(1)おもに用途上から イブニング・ジャケット(婦人がイブニング・ドレスの上に着る豪華な短いジャケット。紳士のタキシードをさすこともある。)、ディナー・ジャケット(準正装用のジャケットで、いわゆるタキシードの英名。前合せはシングルのものとダブルのものとがある)、ウォーキング・ジャケット(散歩用のジャケットで一般にはシングル前、ノッチド・カラーつまり菱(ひし)襟、張り付けポケットにステッチがあるのが普通)、ゴルフ・ジャケット(後述のノーフォーク式が一般)、サドル・ジャケット(乗馬用のジャケット)、スモーキング・ジャケット(略式のタキシードであるが、本来はくつろいでたばこを吸うときの服)、バトル・ジャケット(後述のアイゼンハワー・ジャケットの別名)、ブッシュ・ジャケット(アフリカ奥地での狩猟用ジャケット)、ピー・ジャケット(パイロット・ジャケットと同じで、オランダ風のゆったりしたジャケット)、パイロット・ジャケット(パイロットという布地でつくったジャケット)、ブレザー(軽快なスポーツ・ジャケットで、張り付けポケットの背広型)、ランバー・ジャック(カナダの木材切り出し人の着るジャンパー風の上衣)、リーファー(欧米の海軍士官の着るダブル前の上着)。
(2)固有名詞から イートン・ジャケット(イギリスのイートン・カレッジの制服に似たウエストまでの短い上着)、カーディガン・ジャケット(前あきボタン留め、襟なしのジャケット。19世紀、クリミア戦争で有名なイギリスのカーディガン伯爵が好んで着ていたためその名がついた)、スペンサー(19世紀初め、これをはやらせたイギリスのG・J・スペンサーの名から)、ノーフォーク・ジャケット(イギリス東海岸の地名から名づけられた、スポーツや狩猟用のジャケット)、リンドバーグ・ジャケット(大西洋無着陸横断飛行で知られたリンドバーグの好んで着た飛行服)、アイゼンハワー・ジャケット(第二次世界大戦中アイゼンハワー将軍が初めて着用した、アメリカ陸軍用ジャンパー風の、タイトでウエスト・ベルトと、ひだとりポケットがついた上着)、ビートルズ・ジャケット(襟なしのジャケット)。
(3)民族服から アノラック(頭巾(ずきん)付きの、暖かく緩やかなジャケット。グリーンランドのエスキモーの服から)、カバヤ(インドネシアのジャワ島で着られる男女の短い上着)、パーカ(アラスカ・エスキモーの上着から。アノラックにだいたい同じ)、ボレロ(もともとスペイン男子の着るウエストまでのぴったりした短い上着で、典型は闘牛士のそれにみられる)、ビートル・ジャケット(北アメリカ先住民の婦人が着る鹿皮(しかがわ)のジャケットから)などがある。
[石山 彰]
『C. W. & P. CunningtonHandbook of English Costume in the Nineteenth Century (1959, Faber and Faber, London)』▽『Norah WaughThe Cut of Men's Clothes 1600‐1900 (1964, Faber and Faber, London)』▽『Alan Mansfield and Phillis CunningtonHandbook of English Costume in the Twentieth Century, 1900‐1950 (1973, Faber and Faber, London)』
ウエスト丈から腰丈までの上着の総称で,一般には前明きで袖つきの外衣をいう。男女,子どもに広く用いられ種類は非常に多い。起源は中世のイギリスで広く用いられた,皮革と金属を要所につけて防護性を強めたウエスト丈の上着のジャックjack(jaque),あるいは16世紀に着用された,袖なしで肩におおい(ウィングズwings)がつくジャーキンjerkinとされている。しかし今日的な意味と形態でのジャケットが成立するのは19世紀で,イギリスでラウンジ・ジャケットlounge jacket,アメリカでサック・コートsack coatと呼ばれる背広型の上着が完成してからのことである。20世紀に入ると,成立当時の古典的な形態をとどめたものはモーニングコートのように礼服として定着し,より簡略になったものはオッド・ジャケットodd jacket(替え上着),スポーツ・ジャケットなど気軽な衣服として発達した。20世紀の後半になると,それまで軍服や作業服として用いられていたジャンパー型,シャツ型,アウター・ウェア(外衣)型などのジャケット類がとくに1970~80年代に街着化して種類も多くなり,一般に定着している。用途別には礼装用としてのモーニングコート,ディナー・ジャケット(タキシード,スモーキングともいう),メス・ジャケット(ウエスト丈の夏季用の準正装用)などがあり,特殊なものには狩猟用のシューティング・ジャケット(右胸にガン・パッチ,袖にエルボー・パッチがつく),釣り用のフィッシング・ジャケット,ホテルのボーイの着るベルボーイ・ジャケット(前面に飾りボタンがつく)などがある。現在のジャケットを形態上分類すると以下のようになる。
(1)背広型 ブレザー,ノーフォーク・ジャケット,ハッキング・ジャケット(乗馬用で男女ともに用いられ,後ろに深いセンターベンツがある)など。(2)ジャンパー型 ブルゾン(裾にゴムやベルトをつけて伸縮性を出したもの),ランバー・ジャケット(大格子模様の厚手ウール地で仕立てた防寒着),バトル・ジャケット(背広衿,ウエスト丈でベルトつき)など。(3)シャツ型 シャツ・ジャケット(シャツ風ジャケットの総称),シーピーオー・ジャケットC.P.O.jacket(アメリカ海軍用の前がボタン留め,肩にエポーレットがある)など。(4)アウター・ウェア型 サファリ・ジャケット(サファリ用,四つのポケットにベルトつき),パーカ(フードつきのゆったりした防風用外衣)など。
執筆者:高山 能一
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