日本大百科全書(ニッポニカ) 「ジンコウ」の意味・わかりやすい解説
ジンコウ
じんこう / 沈香
[学] Aquilaria agallocha Roxb.
ジンチョウゲ科(APG分類:ジンチョウゲ科)の常緑高木。熱帯アジア産で、アジアの香料では古来もっとも名高いものの一つ。高さ20~30メートルになり、材は白色で軟らかい。葉は楕円(だえん)形で短柄をもち、先端は鋭尖(えいせん)形、長さ5~9センチメートル。花は白色。蒴果(さくか)は長卵形で長さ約5センチメートル、1個の種子がある。材の比重0.42。幹、枝、葉はそのままでは香りがないが、幹を傷つけると分泌される樹脂は芳香をもつ。もっとも上質のものは沈香木とよばれ、自然に倒れ、埋没した材のうち、樹脂分の凝集した部分だけが残ったもので、黒みを帯びる。火にくべると強い芳香を出し、焚香(ふんこう)料に使われる。また、樹を直接蒸留した精油(Agar attar)からは香水がとれる。材は数珠(じゅず)や十字架像など宗教物のほか、もろもろの細工物にされる。近縁種にマラッカジンコウA. malaccensis Lamk.、シナジンコウ(嶺南沈香)A. sinensis (Lour.) Gilg.、ボルネオジンコウA. beccariana Van Tiegh.などがある。
[湯浅浩史 2020年10月16日]
文化史
中国の香は沈香を中心に発達したが、すでに6世紀の初めにそれが確立していた。唐の玄宗(げんそう)皇帝は興慶宮内に沈香亭をつくり、楊貴妃(ようきひ)や李白(りはく)と遊んだ。日本でもっとも古い記録は『日本書紀』で、推古(すいこ)天皇3年(595)条に、淡路島に沈香木が流れ着き、宮廷に献じられた、と書かれている。のちにその木から仏像がつくられたと伝えられる(『聖徳太子伝暦(でんりゃく)』『水鏡』)。正倉院の蘭奢待(らんじゃたい)とよばれる沈香(黄熟香(おうじゅくこう))は、聖武(しょうむ)天皇(在位724~749)が命名したと伝えられ、蘭奢待の字の中に東大寺の字画を含むため東大寺の異名をもつ。長さ1.56メートル、重さ11.6キログラムもあるが、一部は足利義政(あしかがよしまさ)、織田信長、明治天皇などによって切り取られている。沈香は平安時代には焚香料以外に文箱(ふばこ)、挿頭華(かざし)の台、折敷(おしき)、机などに使われたことが『源氏物語』などの記述で知られる。14世紀には、それまでの沈香と他の香料を混ぜ合わせて焚(た)いた薫物(くんぶつ)にかわって、沈香だけを焚く方法が始まり、16世紀なかばから17世紀にかけて、「香すなわち沈」とする香道が確立された。香道では、沈香木の産地を重視し、伽羅(きゃら)(ベトナム、チャンパ)、羅国(らこく)(タイ、ロフリ)、真南蛮(まなばん)(タイ)、真那賀(まなが)(マレー、マラッカ)、蘇門答剌(すもとら)(スマトラ島)、佐曽羅(さそら)(不明)の6国に分類し、その香りをかぎ分け楽しんだ。もっとも高級とされたのが伽羅である。
[湯浅浩史 2020年10月16日]