イギリスの小説家、聖職者。11月30日アイルランドのダブリンに生まれる。生時、父はすでになく、母からも捨てられて、おもに伯父の手で養育され、ダブリンのトリニティ・カレッジを卒業。ただし放縦怠惰な学生で、卒業して学位を受けたのも特別の恩典によった。ロンドンに出て、母方の遠縁にあたる当時政界の大立物、サー・ウィリアム・テンプルのもとに秘書の名で寄食する。ここで古典や歴史を大いに学ぶとともに、大小の政治家とも接触、しだいに政界への野心を抱いた。一時アイルランドに戻って牧師となったが、またテンプル家の人となり、1690年代から詩文にも手を染め始める。ただし詩のほうは、その作を当時の詩壇の巨匠で彼の遠縁にもあたったジョン・ドライデンがみて、「君は詩人にはなれないね」と苦笑した。
1704年に一冊で出版された風刺物語『書物合戦』と『桶(おけ)物語』は彼の初期の代表作である。前者は古代と近代とどちらの文化が勝るかという当時やかましかった論争に一役買って古典賛美派の肩をもったものである。また後者はカトリック、プロテスタント、イングランド教会三者の争いを、親から相続した上着を争う3人の息子に託して風刺した作品で、当時の情勢に暗い今日の読者にはどちらも読みづらいが、この作者の風刺の才はすでに歴然としている。以後、風刺あるいは論争の才が認められて、当時ホイッグ、トーリー両党の政治論争の激しかったなかで、政治ジャーナリズムに登場する機会が与えられる。しかし功名出世をあせって執筆上の節操を欠き、たまたま政情の激変もあり、頼むテンプルにはかなり前に死なれたこともあって、彼は政界への野心を断念、13年以後はダブリンの聖パトリック教会の首席司祭に収まった。この位置にも彼は不平満々であり、悶々(もんもん)の情は終生つきまとって、誕生以来の数奇の経歴とともに、彼をいよいよ人間嫌いに仕立て、ますます痛烈な風刺の道に進ませたと考えられる。
有名な代表作『ガリバー旅行記』(1726)は、主人公ガリバーが次々といろいろな架空の国に漂着して(ただし第3巻の巻末には架空でない徳川時代の日本に漂着するところが描かれている)、不思議な経験をするという筋立てであり、奇抜極まる着想の妙で今日なお広く世界各国で愛読されている。この作も本質は人類の愚劣さを徹底的に罵倒(ばとう)・風刺したものであり、英文学史上の名作・奇作といえる。この一作以外は世間的知名度の点で劣るとはいえ、たとえば匿名で出版された『ドレイピア書簡』(1724)は、粗悪な通貨によるイギリスのアイルランド搾取政策を辛辣(しんらつ)に攻撃して、筆者発見に懸賞金をかけさせるほどロンドンの政府をあわてさせた。また1729年の『アイルランド貧民の児童を有効に用いるための謙虚な提案』は、嬰児(えいじ)を食肉として売り出せば、柔らかくて珍味ではあり、人口問題は解決され、貧しい親には金もうけにもなって、一石三鳥の功徳があると、にこりともしない一見大まじめな態度で説いたもので、ここまでくるともう普通にいわれる意味での風刺作品とはいいがたい感さえある。風刺の作品は一般の読者の哄笑(こうしょう)ないし微苦笑を誘うはずのものだからである。もう一つ、死後出版の『僕婢(ぼくひ)訓』(1745)も、男女の召使いたちに、いかにして主人たちの目をかすめて財物をくすね私腹を肥やすべきかを、微に入り細をうがって丹念に教えている奇書である。どうしてこのような常軌を逸した感のある作品を次々と物したのか、生涯にわたる前記の不満からだけでは説明困難のように思われる。これらのほか、恋愛関係にあった女性への書簡の形で書きつづった『ステラへの日記』(1766以後刊)などがこの作者のめぼしい業績である。
20代からめまいと難聴に悩んだが、50代から悪化、晩年15年ほどは狂気の予感にもおびえ、最後はまったく廃人の状態で、1745年10月19日ダブリンで没した。
[朱牟田夏雄]
『深町弘三訳『桶物語・書物戦争他』『奴婢訓』(岩波文庫)』▽『山本和平訳『書物合戦・ドレイピア書簡』(1968・現代思潮社)』▽『中野好夫著『スウィフト考』(岩波新書)』
イギリスの風刺作家,詩人。イギリス人を両親としてアイルランドに生まれる。ダブリンのトリニティ・カレッジを卒業後,イングランドのサリー州ムーア・パークで文人政治家W.テンプルの秘書となり,約10年間彼の強い影響を受けた。彼の死(1699)後はアイルランドに帰り聖職を得る。その間《書物合戦》と《桶物語》(ともに1704)を執筆。前者は当時行われていた文学の新旧論争に加わりテンプルに味方して古典派にくみしたものであり,後者は学問と宗教における弊害と腐敗を暴露したもので,ともに彼の風刺家としての名声を高めた。
アン女王の時代には国教会を擁護し多くの論争に加わって活躍したが,女王の死後中央の要職に対する希望を失い,もっぱらアイルランドに退き,ダブリンのセント・パトリック大聖堂の首席司祭として生涯を過ごす。その間とくに一連の《ドレーピアの書簡》(1724-25)ではアイルランドの愛国者として気を吐いた。イギリス政府がアイルランド向けに鋳造した価値の落ちる半ペニー銅貨の押しつけに反対して,鋭い論陣を張り成功に導いたのである。また《おだやかな提案》(1729)ではアイルランドの悲惨な現実と不在地主に対する強烈な風刺を示した。《ガリバー旅行記》(1726)が書かれたのはこうした愛国者としての戦いの時期ともかなり重なっている。しかしこれは元来A.ポープらのスクリブリアラス・クラブでの企画から生まれたといわれる。晩年の1728年には彼が長い交友関係を持った女性エスター・ジョンソン(ステラ)の死があったが,その詩の中の風刺的な活力は衰えなかった。《貴婦人の衣装部屋》(1730)や《スウィフト博士の死》(1731)は有名。しかし数年後病気が高じてついに狂気の中で死んだ。夏目漱石の《文学評論》にはすぐれたスウィフト論がある。
執筆者:榎本 太
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1667~1745
イギリスの風刺作家。アイルランドのダブリンに生まれ,大学卒後政治家の秘書,聖職者を務め,トーリ党を支持する多数の論文によってホイッグ党政府のアイルランド政策を攻撃する論陣をはった。代表作『ガリヴァー旅行記』。
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…〈解放型〉を〈陽〉とすれば,こちらは〈陰〉である。この代表がスウィフトで,《ガリバー旅行記》はあまりにも有名である。全身黄色に染まって糞便の食品化の実験に没頭する科学者,糞便の色,におい,味,濃度などによって人間の思想を判断しうると考える教授など,スカトロジックなエピソードがふんだんに出てくる。…
…アディソンJoseph AddisonとスティールRichard Steeleが1711年3月1日に創刊した。スティールは,1709年4月12日からアディソン,スウィフトJonathan Swiftら文人の協力をえて《タトラーTatler》(週3回刊)と題する,ビカスタッフIssac Bickerstaffという架空の語り手によるエッセー主体の新聞を出し,大きな成功を収めていた。彼らのエッセーは身辺雑記,そこはかとない感想をつづるものではなく,社会のモラル,マナーを改造しようという遠大な目的意識に貫かれていた。…
… 食物連鎖図のかかれた最初は,1913年のV.E.シェルフォードによるアメリカ合衆国イリノイ温帯草原についてのものといわれ,一方,日本での食物連鎖図の最初は,可児藤吉(1908‐44)が1938年にかいた水生昆虫を中心とする渓流生物についてのものだろう。ちなみに芸術作品には,もっと古い時期から食物連鎖をあらわしたものがあって,例えば《ガリバー旅行記》の著者のスウィフトには〈ノミの体にゃ血を吸う小さいノミ,小さいノミにはその血を吸う細っかいノミ,こうして無限に続いてる〉という詩があるし,16世紀フランドルの画家大ブリューゲルの作《大きい魚は小さい魚を食う》は,つとに有名である。 食物連鎖の関係を一つの突破口として群集の研究を進めようとしたのは,イギリスのC.S.エルトンであった。…
… 第4に,文学的表現としての諧謔(かいぎやく)のユートピアがある。すでに18世紀にJ.スウィフトが《ガリバー旅行記》(1726)において,極大と極小の架空社会を描いたときに,理想国家の冷厳な現実が間接的にとりあげられていた。S.バトラー《エレホン》(1872)もまた,一見理想的にみえる社会のうちに逆説的な暗黒面を見いだし,結果として未来の予測可能性を疑わしめることになった。…
… 16世紀の中世的な価値の崩壊から18世紀の近代社会の確立までの間に,ヨーロッパは3人の偉大な〈笑い人間〉を生み出している。ラブレーとセルバンテスとスウィフトである。ラブレーにとって笑いは〈人間の本性〉だった。…
※「スウィフト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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