改訂新版 世界大百科事典 「新旧論争」の意味・わかりやすい解説
新旧論争 (しんきゅうろんそう)
17世紀末から18世紀初頭にかけてフランスの文壇で行われた論争。古代近代論争とも呼ばれ,2期に分かれる。前期は1687年ペローの国王の頌詩《ルイ大王の世紀》に端を発し,ギリシア・ラテンの古典と当代のフランス文学の優劣をめぐって,ペロー,フォントネル等の近代派と,ボアローを中心とするラ・フォンテーヌ,ラ・ブリュイエール等の古代派が対立。94年にアルノーの仲介によって両派が和解する。後期は1713年のホメロス論争で,ウダール・ド・ラ・モットの《イーリアス》仏訳が原典を傷つけるとして,古典学者ダシエ夫人が攻撃し,再び文壇で古代派と近代派が対立。フェヌロンが14年の《アカデミーへの書簡》によって調停した。この論争の意義は,人文主義の伝統につながる古典の絶対視から,文学の相対的あるいは歴史主義的評価への転換を促し,実証的な科学研究の成果にもとづく進歩の思想を文学の領域に導入したことで,フランス文芸思潮の転回点となった。
執筆者:戸張 智雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報