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ステッド William Thomas Stead

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世界大百科事典 第2版の解説

ステッド【William Thomas Stead】

1849‐1912
イギリスジャーナリスト。父は会衆派教会牧師。1863年から商社で働くが,度重なる投書が認められ,71年4月,ダーリントンの新聞《ノーザン・エコーNorthern Echo》の編集長になる。80年,ロンドンの高級夕刊紙《ペル・メル・ガゼットPall Mall Gazette》(1865創刊)の副編集長に迎えられ,83年から編集長。新聞によって〈人類のモラル〉を改良するというのが彼の信念で,それまでの常識を破った多くのキャンペーンを展開,マシュー・アーノルドから〈ニュージャーナリズム〉とレッテルをはられたが,20世紀型大衆紙出現への道を開いた。

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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

ステッド

正式社名「株式会社ステッド」。英文社名「STEAD Co., Ltd.」。情報・通信業。昭和51年(1976)設立。本社は大阪市北区野崎町。システム開発会社。業務システムの受託開発・運用サポートを行う。パッケージソフト開発・販売、パソコン情報機器の運用サポートも手がける。

出典|講談社
(C)Kodansha 2011.
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ステッド
すてっど
Christina Stead
(1902―1983)

オーストラリアの小説家。シドニー・ロックディル生まれ。1921年、シドニー・ティーチャーズ・カレッジ卒業。教員、秘書ほか諸種の仕事につく。28年「旅に出たいがため」離国。ロンドンで会社員。窮乏生活から病を得、「分身をこの世に残したい」衝動を覚え、のちに傑作と評されている『シドニーの七人の貧しい男たち』(出版は1934)を書いたとされる。この間経済学者、小説家と多才なW・ブレイクと結婚、1929~30年はパリ。パリでの銀行勤めの経験が、『世界の中の家』(1938)などに結実。1937~47年アメリカへ移住。処女出版作『ザルツブルグ物語』(1934)から、帰豪後書いた最後の作品となる『ミス・ハーバート(郊外の妻)』(1976)まで、10編余の小説は各国で刊行。しかし、1965年まで、これらの作品がオーストラリアで出版されることはなかった。オーストラリアでの少女期の経験を基にした『子供たちを愛した男』(1940)や『愛のみに』(1944)が広く地元オーストラリアの読者を得たのは、アメリカの詩人R・ジャレルらの熱意による。夫の死(1968)後、1969年に41年ぶりに一時帰豪。74年より定住。アメリカ在住期、文芸誌への寄稿の短編は『頭の混乱した少女』として1968年出版。未刊の短編は『オーシャン・オブ・ストーリー』のタイトルで没後1986年出版。ビクトリア州プレミア賞受賞。1967年大英百科事典賞は「オーストラリアの作家ではない」との理由で授与されなかったが、1974年、パトリックホワイト賞の最初の受賞者となって、オーストラリア作家と認められた。[古宇田敦子]

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