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セローフ Serov, Valentin (Aleksandrovich)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

セローフ
Serov, Valentin (Aleksandrovich)

[生]1865
[没]1911
ロシアの画家。父は作曲家。レーピンの弟子で,フランス印象主義の影響も受ける。軽妙な筆致肖像画風景画を制作,19世紀末の画壇の中心となる。代表作は『桃を持つ少女』 (1877,トレチヤコフ国立美術館) 。

セローフ
Serov

ロシア中西部,スベルドロフスク州の都市。1939年までナデジジンスク Nadezhdinsk。州都エカテリンブルグの北約 300km,ウラル山脈中部東麓にあり,オビ川水系カクバ川に臨む。1890年代にシベリア鉄道用のレールをつくるための工場が建設されたことに始まり,ロシア革命前にはウラル地方第1の製鉄都市に発展。ウラル鉱業・冶金地帯北部の中心地で,銑鋼一貫作業を行なう製鉄所が立地し,ほかに製材,食品などの工場がある。エカテリンブルグと鉄道,ハイウェーで連絡。人口 9万8044 (2006推計) 。

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百科事典マイペディアの解説

セローフ

ロシアの画家。ペテルブルグ生れ。レーピンに学び,フランスのレアリスムや印象主義を吸収して,大気や光の描写にすぐれた造形性を示した。特に肖像画を得意とし,代表作に《少女と桃》(1887年,モスクワ,トレチヤコフ美術館蔵),《ゴーリキー》(1904年,モスクワ,ゴーリキー記念館蔵)など。

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世界大百科事典 第2版の解説

セローフ【Valentin Aleksandrovich Serov】

1865‐1911
ロシアの画家。〈移動展派〉の一人。ペテルブルグ生れ。父は著名な作曲家。少年時代レーピンから絵画の手ほどきを受け,生涯を通じてその影響力は大きかった。1880‐85年ペテルブルグの美術アカデミーでチスチャコフに師事。ミュンヘン,パリに遊学し肖像画家として成功する。大実業家マーモントフ家のサロンに出入りしたアブラムツェボ(モスクワ近郊)時代は,印象派風の明るい色彩とリアリズムを追求した。その後は性格と心理描写に向かい,革命前のさまざまな階層の人々を注意深く,時には風刺的に描いた。

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世界大百科事典内のセローフの言及

【芸術世界】より

…また,この雑誌に参加した知識人,画家グループの名称。ディアギレフベヌアを中心に編集され,D.S.メレシコフスキーらの文芸評論を掲載し,バクスト,セローフ,ソモフKonstantin Andreevich Somov(1869‐1939),ドブジンスキーMstislav Valerianovich Dobuzhinskii(1875‐1957)らの挿画で飾られた。西欧の同時代の芸術に刺激をうけ,反アカデミー,反リアリズムを指向し,1904年まで全12号を刊行。…

※「セローフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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