改訂新版 世界大百科事典 「ダルマスートラ」の意味・わかりやすい解説
ダルマ・スートラ
dharma-sūtra
古代インドのバラモン教の聖典ベーダに付随する文献群の一種。バラモン教社会を構成する4階級(バルナ)それぞれの権利や義務,および生活の規範などを記したもの。ベーダの補助文献として成立した6種のベーダーンガVedāṅgaの一つである《カルパ・スートラ》の一部分を構成し,〈律法経〉などと訳される。法について述べた文献としてはインドで最初期のものであるが,裁判などの実用的目的のための法典ではなく,ベーダを補完する文献の一つとして,ベーダを継承する諸学派によって作り出された宗教文献である。サンスクリットの〈ダルマ〉は通常〈法〉と訳されるが,現代的意味での法律のみならず,宗教的要素をも多分に含んでいる。ダルマ・スートラの規定も,日常の宗教的慣習,清めや贖罪,四つの住期〈アーシュラマ〉のそれぞれにおける権利と義務など,宗教的義務に関するものが大部分で,一部に家族法や裁判・訴訟に関する規定など民法,刑法に相当する部分を含んでいる。前500年前後から漸次に成立したと推定され,現在は《アーパスタンバ・ダルマスートラĀpastamba-dharmasūtra》《バウダーヤナ・ダルマスートラBaudhāyana-dharmasūtra》など数種が伝わっている。いずれも要点のみを組織的に配列する〈スートラ体〉という極度に簡略な文体で書かれており,一部に韻文を含むが,韻文部分には後世の付加と考えられるものが多い。のちに発達した法典文学〈ダルマ・シャーストラ〉の重要な源泉の一つとなった。
執筆者:吉岡 司郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報