コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ダン ダン Donne, John

14件 の用語解説(ダンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ダン
ダン
Donne, John

[生]1572. ロンドン
[没]1631.3.31. ロンドン
イギリスの詩人,聖職者。形而上詩人の代表者。オックスフォードケンブリッジ両大学に学んだのち,リンカーン法学院に入り,風刺詩,恋愛詩を書きはじめ放埒な生活をおくった。エセックス伯に従ってスペインに出征,続いて国璽尚書 T.エジャートンの秘書となったが,夫人の姪アンとの秘密結婚の発覚により栄達の望みを断たれ自殺を考えたこともあった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ダン
ダン
Dunne, Finley Peter

[生]1867.7.10. シカゴ
[没]1936.4.24. ニューヨーク?
アメリカユーモア作家,編集者。機知に富んだマーティン・ドゥーリー主人公にした作品で知られる。主著『ドゥーリー氏の平和と戦争』 Mr. Dooley in Peace and War (1898) ,『ドゥーリー氏曰く』 Mr. Dooley Says (1910) など。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ダン(down)

ダウン4

ダン(John Donne)

[1573~1631]英国の詩人・聖職者。17世紀の形而上派詩人の中心的存在。現代詩にも影響を与えた。詩集「第二周年の詩」、「説教集」など。

ダン(done)

《doの過去分詞形》英語で、物事を終えたことを表す語。「ダンディール(終了案件、取引成立)」
《「だん」と書く》ツイッターなどの簡易ブログに投稿される、ごく短い文の末尾によく用いられる言葉。インターネットスラングの一つで、何かが終わったことを表す場合に使われる。「会議だん」は「会議が終わりました」という意味になる。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ダン

英国の詩人。大胆な機知と複雑な言語を駆使した17世紀〈形而上詩〉の代表的存在。その詩風はT.S.エリオットら20世紀の詩人に大きな影響を与えた。さまざまな角度から恋愛心理を解剖した傑作詩集《ソングズ・アンド・ソネッツ》(1633年)がある。
→関連項目ブロツキー

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ダン Dun, Edwin

1848-1931 アメリカの畜産技術者,外交官。
1848年7月19日生まれ。明治6年(1873)開拓使の招きで来日。函館,札幌などで畜産指導にあたる。開拓使の廃止で東京にでて,26年駐日アメリカ公使となり,日清(にっしん)戦争の講和に尽力。のち新潟の油田開発事業にたずさわった。昭和6年5月15日東京で死去。82歳。オハイオ州出身。マイアミ大中退。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

FX用語集の解説

ダン

取引が成立したことを「ダン(Done)」といいます。「ダン」をした取引は通常、取り消すことが出来ません。

出典|(株)外為どっとコム
(C)2002-2010 Gaitame.com Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラスの解説

ダン

愛媛県松山市にいた犬。1993年生まれ。生後まもなく両目が見えず川に捨てられていた所を保護され、本来は動物飼育禁止の団地で特別に飼われることになる。この出来事を1996年、当事者紙芝居で発表し、地元の紙芝居コンクールで最優秀を受賞したことから全国的に知られ、2000年の小学校の道徳の教科書に掲載、2001年、単行本『目の見えない犬ダン』(著:大西伝一郎)発行。また2002年には『仔犬ダンの物語』として映画化された。2006年死亡。

出典|小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ダン【John Donne】

1572‐1631
イギリスの詩人,牧師。父はロンドンの富裕な鉄商人,母はトマス・モアの血をひくローマカトリックの名門であった。オックスフォード,ケンブリッジ両大学に学びながら,どちらも卒業していないのは,旧教信仰のためであったとされる。ロンドンの法律院で法律を学ぶかたわら,若い宮廷人たちと交わり,自由奔放な詩を書いてもてはやされた。リベルタン(自由思想家,放蕩者)と呼ばれる詩風の,恋愛詩や風刺詩である。1597年国璽尚書トマス・エジャートン卿の秘書となり,その家庭に住みこみ,宮廷人としての第一歩を踏み出したかに見えたが,1601年,主人の姪の17歳の少女アン・モアと秘密に結婚。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ダン【down】

野球のアウト数。ダウン。 「ワン-満塁」

ダン【John Donne】

1573頃~1631) イギリスの詩人・聖職者。一七世紀形而上派詩人の代表的存在で、現代詩への影響も大きい。代表作「世界の解剖」「周年の詩」

ダン【Edwin Dun】

1847~?) アメリカの教師・外交官。1873年(明治6)来日。札幌農学校で酪農、土地改良技術などを伝える。のち駐日公使として日清戦争時に講和の斡旋に努めた。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ダン
だん
John Donne
(1572―1631)

イギリスの詩人。形而上派詩人(メタフィジカル・ポエット)グループ(16世紀末~17世紀中期)の中心的存在。ロンドンに生まれる。母は劇作家J・ヘイウッドの娘であり、カトリックで、トマス・モアの家系に連なる。オックスフォード、ケンブリッジ両大学で学んだのち、リンカーン法学院に入る。青年時代は、遊蕩(ゆうとう)児の評判をとる。国璽尚書(こくじしょうしょ)エジャートン卿(きょう)秘書となったが、1601年卿の姪(めい)アン・モアとの秘密結婚が露見したため公職の道を断たれ、不遇の時代が続き、その間、神学の研究に没頭したと考えられている。15年聖職につき、21年には国王ジェームズ1世によりロンドンのセント・ポール大聖堂の首席司祭に任ぜられ、雄弁な説教者としてその名は一世を風靡(ふうび)した。
 聖職就任以前の作と考えられる恋愛詩は、エリザベス朝期流行の典雅なペトラルカ・スタイルをしのぐ詩風で、冷徹なリアリズムとシニシズム、強靭(きょうじん)な論証スタイルを特色とする。ダンの死後、墓から恋人の形見「白骨に絡まる金髪の腕輪」が発見されるという衝撃的イメージなどが20世紀に入り再評価を受け、T・S・エリオットら現代詩人に影響を与えた。「聖列加入」「蚤(のみ)」「ベッドに入る恋人へ」など恋愛詩は死後の1633年刊の『詩集』(「唄(うた)とソネット」を含む)で初めて公にされた。「ガウンが滑り落ちて露(あら)わになる美しさは/山影がひいて現れる花いっぱいの草原」「一度抱いたらミイラにすぎぬ」などの詩句にみる露骨な官能性、冷笑、エロス的哄笑(こうしょう)、スコラ的機知、また「歴史にその名を残さぬ2人でも/愛の詩(うた)がぼくたちの美しい納骨堂だ」と歌う死をめぐる愛と闇(やみ)の思いなど、反発し牽引(けんいん)しあう諸要素の緊張をはらむ点でマニエリスム文学の典型と目される。そして「キリストの花嫁」の一節、「心やさしい夫(キリスト)よ、嫌がるあなたの花嫁を私たちの前にお見せ下さい/そして愛欲に濡(ぬ)れる私の心にあなたのその慎み深い白鳩を口説かせて下さい」のように、彼の宗教詩には魂のテーマを肉体のイメージで表現するカトリック的感性が顕著である。これは「誰(た)がために鐘は鳴る、そは汝(なんじ)のためなり」などの句で知られる説教や祈祷(きとう)文についても同様で、散文家としても名高い。[河村錠一郎]
『川崎寿彦著『ダンの世界』(1967・研究社) ▽藤井治彦・高階秀爾・河村錠一郎他著『ルネッサンスと反ルネッサンス』(1974・学生社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のダンの言及

【形而上詩】より

…広い意味では一般に哲学的思弁の詩(たとえばルクレティウスの《物の本質について》やダンテの《神曲》)をさすこともあるが,厳密には17世紀前半の英詩の一つの流派によって書かれた,機知と奇想conceitを特色とする詩を呼ぶ。すなわちエリザベス朝後期の詩人・神学者であったJ.ダンに始まり,G.ハーバート,R.クラショーらをへて,ピューリタン革命期のA.カウリー(クーリー),H.ボーン,A.マーベルにいたる詩の流れである。…

【マニエリスム】より

…バザーリとその同時代の理論書では,ミケランジェロとレオナルド・ダ・ビンチ,ラファエロの〈手法〉を知ることにより高度の理想美が実現できると考えられたが,これは,芸術表現において初めて,意識的に〈様式〉の自覚が行われたことを意味し,古代ギリシア以来のミメーシス(模倣)の理論に対する一つの変革であった。 しかし,17世紀のバロック古典主義,バロック自然主義のいずれもが,16世紀の主知的様式主義を芸術の堕落として敵視し,とくに美術理論家G.P.ベローリは,このマニエラを自然から離れた虚偽の人為的な芸術であり,芸術のデカダンスであると非難したため,新古典主義が主導権を握った17~18世紀を通じて,マニエラとマニエリスムの双方が著しく価値をおとしめられ,19世紀にいたるまで,マニエラは〈型にはまった同型反復〉,マニエリストは〈巨匠の模倣をする,創造性を欠く追従者〉として位置づけられた。マニエリスムの再評価は,19世紀後半以降1920年代にかけて,印象主義から表現主義,シュルレアリスムにいたる芸術運動の展開と呼応して行われた。…

※「ダン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ダンの関連キーワードジェフリーズポープロンドン交響楽団ロンドン・シンフォニエッタロンドン橋落ちたチャイルド・ハロルドの遍歴ハロッズ[会社]ブロンテ姉妹kingfisher《ロンドンなき後,あるいは野生のイギリス》

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ダンの関連情報