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チュラロンコン

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百科事典マイペディアの解説

チュラロンコン

タイの国王(在位1868年―1910年)。ラーマRama5世。植民地主義列強が勢力をアジアに伸ばすなか,タイ(当時シャム)国家の近代化達成のためのさまざまな改革を実行し独立を貫いた名君として知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

チュラロンコン【Chulalongkon】

1853‐1910
タイ国王ラーマ5世。在位1868‐1910年。19世紀末から20世紀初頭にかけてイギリスフランス両植民地主義勢力対立のはざまにありながら,強力な指導性を発揮して〈チャクリ改革〉と呼ばれる国内統治組織の近代化を達成し,タイの独立を全うした名君として知られる。1868年に15歳で父王モンクットの後を継いだが,摂政統治の期間中にジャワ,シンガポールインドビルマを旅行し,植民地統治の実情視察を通じてヨーロッパ近代文明の吸収に努めた。

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20世紀西洋人名事典の解説

チュラロンコン
Chulalongkon


1853 - 1910
タイの国王。
元・タイ国王。
別名ラーマ5世。
1868年父王モンクットの後を継ぎ、摂政統治期間中ジャワやシンガポールなどを旅し、ヨーロッパ近代文明の吸収に努める。1873年漸進主義による諸制度の改革に着手し、1892年王弟を中核的閣僚に配し近代的政府を発足させる。国家財政や法律、国民教育など近代国家の備えるべき諸制度の基礎を形成し、強力な指導性を発揮し「チャクリ改革」と言う国内統治組織の近代化を達成し、タイの独立に尽くした名君として有名である。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
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世界大百科事典内のチュラロンコンの言及

【タイ】より

…また米輸出の解禁は商品米の生産を刺激し,やがて無人のチャオプラヤー・デルタをタイ最大の穀倉地帯へと変貌させた。5世王チュラロンコン(在位1868‐1910)は,イギリス,フランス両植民地主義勢力の圧力を受けながらも,巧みな外交政策によって植民地化の危機を回避し,国内にあっては門閥の勢力を排除しつつ,タイを近代国家へと脱皮させることに成功した。有能な王弟ダムロンを内相に起用して地方行政制度を整備せしめ,タイ国史上初めて,絶対君主による領域支配の貫徹する集権的統治体制を確立した。…

【レオノーウェンス】より

…タイのモンクット王が1862年にシンガポールからバンコクへ招聘したイギリス人の宮廷英語教師。1867年まで王子たちに英語を教え,少年時代のチュラロンコンの西洋文化理解に大きな影響を与えたとされる人物。自伝《シャム宮廷のイギリス人教師》(1870)に基づいたランドンMargaret Landonの小説《アンナとシャム王》(1945)はミュージカル《王様と私》に脚色され,ゆがんだモンクット像を世に広めた。…

※「チュラロンコン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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