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ツィンマーマン ツィンマーマン Zimmermann, Bernd-Alois

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ツィンマーマン
ツィンマーマン
Zimmermann, Bernd-Alois

[生]1918.3.20. ケルン近郊ブリースハイム
[没]1970.8.10. ケルン
ドイツの作曲家。フォルトナーレイボビッツに学び,1950年ケルン大学音楽理論の講師,58年ケルン音楽大学の教授に就任。表現主義的な作風によって知られる。管弦楽室内楽の諸作品のほか,放送音楽の作品も多い。

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ツィンマーマン
ツィンマーマン
Zimmermann, Domenikus

[生]1685.6.30. ウェソブルン
[没]1766.11.16. ウィース
南ドイツのロココ建築家。スタッコ職人として修業し,画家である兄のヨハン・バプテスト (1680~1758) としばしば協力した。メーディゲンの修道院聖堂 (16~18) を建ててから建築家として活動したが,スタッコ職人としての仕事もやめなかった。

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ツィンマーマン
ツィンマーマン
Zimmermann, Robert von

[生]1824.11.2. プラハ
[没]1898.9.1. ウィーン
プラハ生れのオーストリアの美学者,哲学者。 1852年プラハ,61年ウィーンの各大学教授。ヘルバルト学派の実在論的形式主義の立場に立ち,形式学としての一般美学を主張した。主著『哲学としての美学の歴史』 Geschichte der Ästhetik als philosophische Wissenschaft (1858) ,『形式学としての一般美学』 Allgemeine Ästhetik als Formwissenschaft (65) ,『哲学および美学の研究と批判』 Studien und Kritiken zur Philosophie und Ästhetik (2巻,70) 。

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ツィンマーマン
ツィンマーマン
Zimmermann, Wilhelm

[生]1807.1.2. シュツットガルト
[没]1878.9.23. バートメルゲントハイム
ドイツの歴史家。急進的自由主義者で,エンゲルスの『ドイツ農民戦争』 (1850) の土台となった主著『ドイツ大農民戦争』 Der Grosse deutsche Bauernkrieg (3巻,41~43) の著者として有名。

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百科事典マイペディアの解説

ツィンマーマン

ドイツの作曲家。ケルン近郊に生まれる。作曲を学ぶ一方で哲学や言語学を専攻し,徴兵による中断をはさんで第2次大戦後に本格的な作曲活動を始めた。1961年,母校のケルン高等音楽学校教授に就任。

ツィンマーマン

ドイツの建築家。初め画家,スタッコ細工師として活躍。30歳ごろから建築を手がけ,シュタインハウゼンやウィースに,南ドイツにおけるバロック,ロココ期の代表的建築を残した。
→関連項目ウィース巡礼教会

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世界大百科事典 第2版の解説

ツィンマーマン【Bernd Alois Zimmerman】

1918‐70
ドイツの作曲家。ケルン,ベルリンの高等音楽学校で作曲を,ボン,ケルン,ベルリン各大学でドイツ文学や哲学を学ぶ。約10年間西ドイツ放送局その他の放送劇や学校放送の部門に作曲家として協力したのち,1957年ケルン高等音楽学校に迎えられ,61年作曲教授となる。放送局での経験を生かし,放送劇や映画・舞台音楽のゼミナールの指導もした。作風の特徴はバロックから現代までのさまざまな旋律の引用をコラージュ風に扱う点にある。

ツィンマーマン【Dominikus Zimmermann】

1685‐1766
南ドイツの後期バロック(ロココ)建築家。とくに擬似大理石スタッコ細工に優れ,画家の兄ヨハン・バプティストJohann Baptist Zimmermann(1680‐1758)と共同してシュタインハウゼン巡礼教会(1733),ウィース巡礼教会(1754)など,個性的な内部空間を包み込んだ教会堂を手がけた。これらは楕円形空間を原形とする単純なプランによっているが,上部は曲がりくねるスタッコ装飾で満たされ,幻想的な空間となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ツィンマーマン
つぃんまーまん
Bernd Alois Zimmermann
(1918―1970)

ドイツの作曲家。ケルン近郊に生まれる。ケルン大学とケルン音楽学校で学び、ストラビンスキーミヨーの作品から影響を受け、1948年から50年にかけてダルムシュタット国際現代音楽夏期講習で十二音技法以降の新しい作曲技法を身につけた。歌曲、室内楽、管弦楽曲などさまざまな分野で数多くの作品を残しているが、代表作はオペラ『兵士たち』(1958~64)で、ここでは50年代から60年代の前衛音楽のあらゆるスタイルが引用され、この「コラージュ」のオペラは、アルバン・ベルクの『ウォツェック』以来最大の現代オペラと評価されている。[船山 隆]

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世界大百科事典内のツィンマーマンの言及

【ドイツ美術】より

…この傾向はノイマンのフィアツェーンハイリゲン(十四聖人)巡礼教会(1743‐72)やビュルツブルク司教館(1744)およびヒルデブラントのウィーンのベルベデーレ宮殿(1714‐24)を経て,やがてフランスから移入されたロカイユ装飾を多用する華麗な堂内を作り上げたキュビエの建築へといたる。彼のニュンフェンブルク宮殿のアマーリエンブルク(1734‐39)やミュンヘンの王宮劇場(1750‐53)は,D.ツィンマーマンのウィース巡礼教会(1746‐54)とともにバロック末期ロココ様式の代表作である。同じころポツダムではクノーベルスドルフがサンスーシ宮殿(1744‐47)造営に携わり,ドレスデンではペッペルマンMatthäus Daniel Pöppelmann(1662‐1736)のツウィンガー宮殿(1711‐22)が成立した。…

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