改訂新版 世界大百科事典 「ツバキ」の意味・わかりやすい解説
ツバキ (椿)
common camellia
rose camellia
Camellia japonica L.
日本の花木を代表するツバキは,ツバキ科の中でも観賞植物として最も広く利用され,親しまれている。常緑高木で,冬から春にかけて開花する。中国名は山茶,海石榴。
木は高さ18m,太さ(直径)50cmに達するものもあって,長命である。枝は無毛。葉は楕円形または長楕円形,長さ6~12cm,幅3~7cmで,縁に上向きの細かい鋸歯があり,表面は緑色で光沢がある。花は枝先の芽の苞葉腋(ほうようえき)に普通1個つき,柄がない。野生の花は杯状で,径3cmのものから8cmのものまであるが,普通は約5cm。花弁は5~6枚で,基部で合生している。花色は紅,ときに濃紅紫色,淡紅色,白色のものもある。多数のおしべは下部で合生して筒状をなし,またその筒状部は,基部で花弁とも合生している。筒の下部に多量のみつがたまり,メジロなどの小鳥がよくみつを吸いにきて,送粉を行う。果実は球形で,果皮は厚く,成熟すると普通3弁に裂けて,中に大きな種子がある。東アジアに固有で,日本,朝鮮,中国に分布する。日本では本州(北限は青森県夏泊半島椿山),四国,九州の海岸付近の丘陵地によく生育するが,山中にも生える。材は年輪がつまり,堅くて強く,磨けば光沢がでることから建築や器具に用いられる。ツバキ油として知られる油は種子からとり,頭髪用,灯用,食用となり,機械油としても第一級のものである。ツバキは周年美しい光沢のある葉を観賞する庭園樹としても用いるほか,全国各地で防風,防潮,目隠し用の生垣などに使われている。
日本の野生のツバキには,ヤブツバキC.japonica var.japonica L.,リンゴツバキ(ヤクシマツバキ)var.macrocarpa Masamune,ユキツバキC.rusticana Hondaがある。ヤブツバキはヤマツバキとも呼ばれ,ツバキの野生種をさす。リンゴツバキは果皮が厚くて大きい果実をつけ,直径5~7cmにもなる。鹿児島県屋久島から報告されたが,果皮の厚いものは,北では山口県でも知られている。ユキツバキは,日本海側の秋田県から滋賀県北部までの山地に野生し,冬期枝葉がすっかり雪の下に埋もれる多雪地に限られている。幹は丈が低く,下からよく分枝し,葉の網脈が透明,葉柄に毛があり,花が開出し,おしべが短く,黄色であることからヤブツバキと区別される。ユキツバキとヤブツバキとの中間型も多く,またユキツバキ由来の園芸品種もある。このほか沖縄には,花の外形がツバキに似るが,著しく小型の白い花を咲かせるヒメサザンカC.lutchuensis T.Itoが分布していて,花に芳香がある。
ツバキ属Camelliaは,中国原産のものが多く,いくつかの種が日本へ導入されている。その中でもトウツバキC.reticulata Lindl.とサルウィンツバキC.saluenensis Stapf ex Beanは日本のツバキによく似ているが,めしべの子房に毛のあることで区別される。トウツバキには多くの園芸品種がある。グランサムツバキC.granthamiana Sealyは,香港に固有の種で,外見上チャの花を大きくしたような感じの白色の花で,径12~14cmもあり,おしべの数が500本以上と多く,めしべの花柱の先が5裂している。トガリバサザンカC.cuspidata Wright ex Gard.,シラハトツバキC.fraterna Hanceなどは,葉,花とも小さく,白花の種で,沖縄に野生しているヒメサザンカに近縁のものである。また原産地がわかっていないテマリツバキC.maliflora Lindl.やカメリア・ロサエフロラC.rosaeflora Hook.のような桃色で小さな花をもつ種も栽培されている。
執筆者:石沢 進
ツバキの園芸種
ツバキの観賞は,茶道や華道の発達した室町・桃山時代を経て,江戸中期には広く一般庶民の間にも普及し,当時の《椿花図譜》には600を越える記載がある。江戸末期から西欧において人気を呼び,第2次世界大戦後アメリカやオセアニアに移ったブームが,日本に再びツバキの園芸価値を見直すきっかけをつくった。現在,国内では1300品種,欧米では1万を越える品種がある。
ヤブツバキやユキツバキに由来する日本産園芸種は,花色や花型の変化に富み,葉や枝にも変りものが見られる。花色は白,桃から暗紅に至る各色のほか,絞り模様と白斑,覆輪の美しさが花を彩る。花型は八重咲き,獅子(しし)咲き,牡丹(ぼたん)咲き,千重(せんえ)咲きと弁数をまし,花径4~5cmの極小輪から20cmを越す巨大輪まで幅が大きい。葉には百合(ゆり)葉,鋸(のこぎり)葉,柊(ひいらぎ)葉,桜葉,杯葉,錦魚(きんぎよ)葉,団扇(うちわ)葉などの形の変化のほか,錦葉(にしきば)と呼ぶ観賞価値の高い斑入葉も多い。枝ではしだれと雲竜(うんりゆう)が数品種ある。
ツバキ類はヤブツバキやユキツバキから直接由来した品種だけでなく,起源のよくわからないものや雑種起源の種も分化している。子房に毛のあるワビスケ群は30余種あるが,これらは太郎冠者(たろうかじや)に起源をもつ実生品種と考えられている。しかし,太郎冠者自身の来歴はまだなぞに包まれている。
西日本にはツバキの園芸品種とサザンカが自然交雑して生じたハルサザンカという雑種が多く,すでに40~50品種も発見されているが,三段花や鎌倉絞りは江戸中期の古典資料にすでに載っており,世界最初のツバキ属の雑種といわれる。ツバキ類の近年の品種改良の方向としては,(1)中国産トウツバキを片親とした,より豊満な巨大輪化,(2)サルウィンツバキの血を導入した藤桃色系の幻想的な大輪花作り,(3)極小輪の原種で中国産のシラハトツバキや沖縄産のヒメサザンカなどの長所を取り入れた,多花性で芳香のあるミニツバキ作りなどに成果がみられる。特筆すべきは,1979-80年に中国から黄色の原種ツバキの金花茶(きんかちや)C.chrysantha (Hu) Tuyamaが日本に導入されたことで,本種を他の園芸種と交配し,より観賞価値の高い黄色ツバキを作出しようという試みが始まったことである。
ツバキの栽培
鉢植え,露地植えともに容易で,とくに近年は庭の少ない住宅事情もあって,鉢づくりが盛んになってきた。鉢,露地とも,植替えは3~4月,6~7月,9~10月が適期である。
(1)鉢植え 保水力があり,排水と通気のよい用土(赤玉土,鹿沼土,日向土の中・小粒の混合がよい)を準備する。入手した鉢苗を抜き,根鉢の回りの土を軽くほぐし,長い根と巻いた根を切りつめる。深植えせず,明るい日陰で管理する。数日間は毎日軽く灌水し,その後は鉢土が十分に乾いたらたっぷり与えるようにする。水をやり過ぎると根は窒息して根腐れを起こすので注意をする。肥料は1ヵ月後に固型油かすか,液肥の500倍を与える。花をつけるには,5月下旬~6月上旬に灌水を控えめにし,窒素分をきらすとよい。
(2)露地植え 土質はとくに選ばないが,排水と通気のよい土地を好むので,どちらかといえば粘土質よりも腐植に富んだ壌土や砂質壌土がよい。庭のツバキを掘り上げて移植するには,掘った根鉢をくずさぬようにし,この根鉢が地表よりも高くなるように植えて十分に灌水する。株もとに敷わらをし,日当りでは日覆いをすると枯れることがない。肥料は1ヵ月後に,根際に乾燥鶏糞(けいふん)の置肥えをするとよい。なお,鉢苗を植えるには,鉢植えのしかたに準じて行う。
ツバキの花ことば
ツバキは16世紀ごろポルトガル人によってヨーロッパに伝えられ,イギリスへは18世紀初頭に渡った。あでやかで異国的なツバキは〈日本のバラ〉と呼ばれ,花木の貴族とたたえられた。フランスでも19世紀には《椿姫》の大流行でわかるように,紅白のツバキのコサージュや花束が,夜会のアクセサリーとしてもてはやされ,パリジェンヌたちの胸をときめかした。ツバキの花ことばは,このような熱狂的な背景もあって,紅ツバキには〈気どらない優美〉,白ツバキには〈完全な愛らしさ〉という最上級の賛辞が与えられたのである。
執筆者:桐野 秋豊
ツバキ科Theaceae
双子葉植物,約35属,600種がある。木本で,おもに亜熱帯および熱帯に分布し,代表種にチャやツバキ,サザンカなどを含む。
葉は常緑あるいは落葉で互生し,単葉で,托葉を欠いている。花は単生し,大型のものが多く,通常両性花,萼および花弁はいずれも通常は5枚で,基部は離生または合着している。おしべは多数,まれに一定数で,花糸の基部は離生または合生し,花弁の基部に合着している。子房は上位で,3~5室,各室には2個以上,まれに1個の種子をいれる。果は裂開または不裂開で,種子の胚乳は少ない。オトギリソウ科やマタタビ科に近縁である。
重要な有用植物を含む科で,チャはカフェインを含み,緑茶,紅茶などの嗜好(しこう)品になる。花を観賞するものにツバキ・サザンカ類,ナツツバキ(シャラノキ),また生垣,庭木としてツバキ,サカキ,ヒサカキ,ハマヒサカキ,モッコクなどが植えられる。種子は油脂を含み,ツバキ油のように利用されるものがある。
また,神仏の信仰にかかわりのある行事や慣習に結びついたサカキやヒサカキやナツツバキがあり,民俗学的な関心のもたれるものを含んでいる。
執筆者:石沢 進
民俗
〈萩〉を秋の草と書くのに対し,〈椿〉は春の木と書かれ,春にさきがけ寒中に花をつけて春の到来を告げる聖なる木とされていた。〈椿〉は国字である。ツバキは暖地性の植物であるが,東北地方の海沿いには点々とツバキの自生地が分布し,椿山などとよばれ神聖視されている。椿山のツバキを折ると暴風雨が起こってたたるとされ,ここに近づくのさえ忌み,椿山明神などの神が祭られたり,椿山の由来を語る伝説が伝えられていることもある。東北の羽黒山伏の峰入りでも,ツバキは供花とされるなど神聖視されており,ツバキを門松にする所もあった。平安時代に宮廷で正月に作られた卯杖(うづえ)や卯槌(うづち)にもツバキが用いられた。《日本書紀》景行紀には,ツバキの槌で土蜘蛛(つちぐも)を討伐したとあるが,東北地方の巫女(みこ)であるイタコもかつてツバキの槌を呪具(じゆぐ)としていたといい,この槌を床下に置かれると霊界との交流を絶たれるという。子どものはしかや災難よけにツバキで作った槌を腰につけさせる風習もあった。また,若狭の八百比丘尼(はつぴやくびくに)は白玉椿の枝を手にもって各地を巡歴し,その旅先で実をまいたり枝をさしたりして,その生育のぐあいで神意を占ったという。雪国のツバキは彼女らが広めたものと考えられている。岩手県奥州市の旧胆沢(いさわ)町の於呂閉志(おろへし)神社の5月19日(もとは旧暦4月19日)の祭礼には,参詣者にササとツバキの枝に神符をそえたものを授け,ツバキと神符は田植終了後に水口にさして虫よけにするという。ツバキを神木とする神社は各地にみられ,また寺院や墓にも植えられ,広島県大竹市ではツバキは幽霊の木といわれている。昔話の中ではツバキは人影花として,人間の数だけ花をつけ生命の指標とされた。このため不幸がある,縁起が悪いといってツバキを屋敷に植えない所が多く,また花が落ちる様が首が落ちるようだといい,神仏に供えたり病人の見舞にもっていくものでないとされた。また,実からとるツバキ油は整髪用に使われたが,山村ではツバキを植えてツバキ油の自給をはかった。
執筆者:飯島 吉晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報